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【短編小説】消えた虹に想いを馳せて


吹き飛ばされそうなほど強い風の日
20分以上かけて歩いて保育園に子供をやっとのことで送り届け、ぐでんと横たわっていた白い猫の死骸を避けて帰ろうと大通りを歩いた。


どんより薄黒い雲が空を覆う
こんなに朝早くから結構な距離を歩いているのに、爽快さを感じるなんてことはない。
むしろ、心のざわめきに体がそのまま晒されているような感覚だった。


風は荒ぶっている
目にゴミが入る
髪の毛は乱れ、衣類はまとわりつき、
前を見ることや、歩くことや、呼吸さえうまくできない


こんな時、人は希望を失うのだろう。
期待なんてするものか。
そんな幻想、抱いているからこんな嵐が襲うのだ。


ふらふらと危なっかしい自転車が横切る
あの子は今どんな気分なのだろうか。
どうでもいいことを考えていたら、ふと遠くにできかけの虹が見えた。
錯覚だろうかと思うほど朧げなそれに、また期待を、希望を、抱きそうになった。


これは、そんな明るいものを示すものなんかではない。
そして、この嵐のような日だって、猫の死骸だって、何か不穏なものを物語っているわけではない。
ただ、今日という日の今、目の前に現れただけの事象に過ぎないのだ。


すぐに見えなくなった虹に、そんな想いを馳せた。


壮大な音楽が次から次へと響く
心が揺れる
景色が焼きつく


この薄暗い世界に差し込んだ何の意味もない虹の絵を残そうと、また物語を紡ごうと決めた。


ぐちゃぐちゃの髪の毛を整え、
コーヒーを入れ、
ほうじ茶シュークリームをひとかじりして。


fin.





afterward

台風が過ぎてもなお風が強い日の朝
つまり、今朝。
その風景、音、匂い、味、感覚、心を描きました。

吹き飛ばされそうになりながらベビーカーを押して長い道のりを歩きながら、もやもやと考え事をしていると、なんかいい感じの曲が流れてきました。

この声は、ストレイテナーか…
テナーの伸びやかなサウンドが、この目の前の世界をただの苦しいものとして終わらせないのだと放たれていました。

吹き荒れる風を掻き分けながら歩く私に、虹まで見せてくれて。

けれど、それらは希望なんかじゃない。
こんな印象的な日もただの事象でしかないのだと、次のアジカンのイントロで目が覚めました。

物語の終焉を彷彿させるサウンドで、ここに意味を持たせない方が心地いい自分でいられることを知るのです。

そうか、この目の前の全ての世界は、なんの意味もないただの映像にすぎないのだ。
この心で感じる全ての世界は、なんの意味もないただの現象にすぎないのだ。

そんな幻覚かと思うほどの脆いものに、何を期待しているんだ?

ほら、そんなことを考えているうちに、虹はとっくにどこかへ行ってしまった。


そこにきのこ帝国に追い討ちをかけられ、もうこの一連の世界を形として残すしかないなぁと感じ、早足で帰って描き始めました。

ひとまずゆるい疲労感を拭おうと、コーヒーとほうじ茶シュークリームで一息ついてから。


思ったより、苦い。

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