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6歳、2歳と暮らす建築士の家 コロナ禍の子育てに必要だった“おおらかな空間づくり”

コロナが流行して間もなく、自宅での子育て時間が一気に増えた人も多かった。ある建築士は、家族がストレスなく過ごせるように引っ越しを決意。こだわったのは、子どもも親も、双方が自宅の時間をストレスフリーで楽しめるような“おおらかな空間づくり”。設計から施工まで自分たちで行うHandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)を創立した、建築士の自宅を訪ねてみた。

坂田裕貴(上部写真 一番右)
ハンディハウスプロジェクト創立メンバー。一級建築士。
“住む人の個性”を引き立たせるデザイン設計を行うことを大切にしている。今後は、「家づくりを楽しむ」マインドを若手メンバーに受け継ぐことに力を入れ、全国に仲間を増やしていきたいと考えている。
妻の久美子さん、6歳娘、2歳息子と暮らす。

HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト、以下ハンディ)
「どんな家にしようか」という最初の妄想から作る過程まで、プロジェクトオーナー(施主)と、一緒に作業をしながら家づくりを楽しむ。「妄想から打ち上げまで」を合言葉に“施主参加型の家づくり”を提案する。設計から施工まで、すべてメンバーが自分たちで行っている。

石垣 藍子(取材・文)
建築や飲食業界、子育て・教育関係などの企業や団体の広報PRを行っている。2021年より、ハンディの広報を担当。自宅のウッドデッキもハンディと共に作った。過去に工務店選びで失敗した経験があり、施主が家作りの中心となって住まいに愛着を持てるようになることを目指すハンディの活動に興味津々。

夫婦が一目ぼれ 都心でも自然と一体化した物件

坂田さんの家は、珍しい作りのテラスハウスだった。外階段を上った先にある玄関を入ると、広めの書斎と浴室。2階へ上がると、広いワンルームの真ん中には中庭が。奥へ進むと、木々が生い茂る大きな庭が広がる。傾斜地に立てられているため、最上階と庭が繋がっている面白い作りの物件だった。それにしても、東急東横線沿いの駅から徒歩10分ほどの街中にあり、緑豊かな広い庭付きの家とは、なんとも羨ましい。

リビングと、奥の子ども部屋と寝室はワンルーム。中庭で仕切られた作りになっている。
広い庭に、手づくりのテーブル。家族で庭で食事をとることも多い。この日は雑誌の撮影でカメラマンが来ていた。
コロナ禍でも気にせず思い切り遊ばせることができることで大人もストレスなく過ごせるそう。

坂田:夫婦で一目ぼれの物件でしたね。仕事も兼ねて物件探しをしていたときに見つけたんです。すごく面白い物件だったので、テンション上がっちゃって笑。妻にすぐ連絡して一緒に見に行ったんです。

久美子さん:やっぱりこの庭がとても気に入りました。当時はもっと生い茂っていたので、まるでトトロの森みたいでした。一瞬で2人ともが気に入った物件は初めてで。

坂田:妻が2人目を妊娠していたので、当時住んでいた家は生まれた後は手狭になるので住み替えを考えていたところでした。そこにコロナも相まって、もっと家の中での時間を充実させていけるような物件を探していたんです。プライベートな外の空間があるこの物件は、コロナ禍だからこそより魅力的に見えました。

書斎から見た玄関。扉をつけずに一つの空間に。
玄関を入ってすぐの書斎。最近では娘さんが一人の時間を楽しむ場所にもなっている。

坂田:子育て中の家庭にとって、玄関の広さは重要なポイントかと。特に小さい子どもがいる家庭は、オムツやベビーカー、着替えなど、出かけるときの荷物は多いですよね。出かけるときに混雑する玄関にゆとりを設けることによって、出発と帰宅時でのストレスを軽減して、お出かけのハードルを下げたいなと思って作り変えました。

一階の玄関入ってすぐの部屋を壊して玄関とひと続きにすることで、荷物の出し入れが楽になりました。壁は引きこみができるものに変えて必要なときは閉じたり開けたり柔軟に対応できます。

小さな子どもと楽しむ暮らしを優先順位の上位にしているため、玄関一つでもこうした視点が取り入れられている。玄関と同じ階には浴室もあり、汚れたものをすぐ洗えるようになっているのも、家族のニーズに合っている。

週末にはよく家族でキャンプに出かけている。

子どもと親のニーズ 双方が折り合う空間でストレスない暮らしを実現

そもそも2年前、当時妊娠中の久美子さんと4歳だった娘さんが、コロナで外出できずに自宅にこもる日々を送った経験が、この物件の購入を後押しした。

久美子さん:コロナの流行が始まって、妊婦だったので外出するのも怖かったし、幼稚園も休園になってしまったりしてずっと家にいました。賃貸だったのでうるさくできなかったし、今よりも狭かったのでできることが少なくて。子どもの大事な時期に思いっきり遊ばせてあげられなくて親子でストレスを溜めていました。ここに引っ越すまでは本当につらかったです。

そんな久美子さんの思いもあって、坂田さんは、子どもの年齢に合わせた家づくりを目指した。設計やデザイン、キッチンの造作は自身が手がけ、2階の壁の左官と床のオイル塗装は娘や妻も一緒にDIYした。

父と娘、DIYの様子。
柱の一部の左官は娘さんが。「やっぱり子どもがやるといい感じになりますね」と久美子さんも嬉しそう。

今のこの家のコンセプトは、「6歳と2歳と暮らす家」
将来のことは考えず、今の子どもの年齢や家族の状況に合わせた家づくりをすると、親も子もストレスフリーで自宅での時間を楽しめると夫婦は話す。

コンセプトに繋がる工夫の一つが、子ども部屋の床をベニヤ板にしたこと。汚れたり、飽きたら貼り替えられるように、敢えて安価なベニヤを使った。子どもたちは、床で絵具を自由に使ったり、創作活動などを熱心にやっているという。また、配線をいつでも変えられるように、リビングの天井はビスで止めるだけにして、空間に余白を残した。

庭に続く子ども部屋。奥には小学生になった娘さんの小さなワークスペースも。
ワークスペースには、坂田さんがエマーフで作ったデザインを使用。勉強をしたり本を読んだり、お気に入りの場所になった。
床に自由にお絵描きする娘さん。

久美子さん:ベニヤ板にしようって夫が提案してくれて、めっちゃいい!と思いました。子どもにダメって言わなくていい、行動制限をしなくていい家って、子育てをする身としてはほんとストレスがなくて幸せです。床がベニヤっていうだけなので、お絵描きすることを強制するわけでもなく、その自由度もいいですよね。お絵描きスペースと決めた作りにすると、お絵描きをしなかったときに、またストレスが溜まっちゃったりしますから(笑)。この家を購入したときにはまだ息子は生まれていなかったので、子どもの成長に合わせていろんなものを付け足せるように、余白のあるリノベーションをしてもらいました。住みながら、子どもの遊び方も見ながら、都度相談して新しいものを付け加えるようにしています。

坂田:汚れたら直せばいい。飽きたらつくり変えればいい。そんな“おおらかさ”が家作りには必要で、日本の家作りにはもっと柔軟さがあったほうがいいと思っています。そのための手段として、ハンディではDIYをオススメしているんですよね。自分でちょっと直せると暮らしが広がりますから。

坂田さんが造作したキッチン。正面壁は銅が入っているヘイムスペイントで塗装。銅が錆びることで変化する色味を試して楽しんでいる。

家づくりは子どものニーズに合わせるだけではなく、自分たち大人もリラックスできる空間にすると、より生活を楽しめると坂田さん。
浴室は、既存のユニットバスを撤去し、在来工法で自然由来の素材を取り入れて自分好みの場所につくり変えた。

浴槽はウェディーボードという防水パネルを使用。壁は調色したヘイムスペイントで塗装。タイルは自身で貼って仕上げた。

坂田:自然光も入ってくるし、塗料や材質も、自分がゆったりと過ごせるようなデザインの空間になるように選んだので、お風呂の仕上がりは気に入ってますね。空間も広めにしたので気持ちがいいです。疲れて帰宅したときは、リラックスできる音楽をかけながらゆっくりとお風呂につかったりできるので、ちょっとしたリフレッシュになりますね。

旅先などのホテルは、物が少なくてスタイリッシュで緊張感があって、それが旅の楽しみにもなったりしますが、家にいる時間はやっぱりだらけたい(笑)。自宅はとにかくリラックスできる空間にしたい。なので、“ひと手間かからない”っていうことがすごく大事だなと思ってます。
例えば、キッチンやクローゼットなどの扉が必要なければ、開けるひと手間をなくすために外してしまう。子ども部屋だったら、汚れたら嫌だなといった気持ちから開放する。スーパーの袋をどさっと置いても気にならない空間にする。全て見えていてもそれはそれでストレスなので、そのバランスを考えながら空間づくりをしています。ストレスを減らして自由度を上げることを大事にしてますね。

観葉植物の取り入れ方もリラックスした空間づくりには重要。

すべて新しいものに変えず、古くても良いものはそのまま取り入れる

坂田さんの家は、ピカピカに新しくつくり変えたリノベーションではなく、何年も前から住んでいたかのような趣がある空間だった。以前も来たことがあるような、なんとも落ち着く気持ちになり居心地がよかった。要所要所に使われた、年季の入った家具や材質の効果もあるのかもしれない。

作り付けの棚は40年前のオリジナル。
ダイニングテーブルは、坂田さんがリノベーションを担当したオーナーさんからいただいたもの。
階段の壁紙を剥がしたときに出てきた模様とリースがうまくマッチした。

坂田:階段の壁面は元々塗装する予定で壁紙を剥がしたんです。そうしたら、裏紙の残り方がすごくワイルドな模様で。天井に貼ったベニヤとの色味も近くて。きれいに塗装するよりもこのまま残したほうが“おおらかな空間”になりそうだと思いました。上からクリア塗装で仕上げて、ドライフラワーのリースを飾ってみたら相性が良くてすごく気に入ってます。

階段は、元々カーペットが貼ってあったのですが、剥がしてみたら、ラワンの無垢材で作られていたんです。僕はラワン材の色味がすごく好きで、そのまま活かすことにしました。結構強力な接着剤で貼られていたので、研磨しまくってオイルを塗って仕上げました。手すりもアンティークだしうまくマッチしていて。
新婚旅行でスペインの築100年以上の古い住宅に泊まったのですが、その雰囲気に似ていていいね、なんて妻と話していました。

作っている過程で現場にいると、偶然の産物に出くわすことがしょっちゅうあって、家って面白いなぁといつも思います。ハンディと一緒に家やお店をつくるオーナーさんにも、ぜひ現場に来て、想定外で生まれたものを楽しんでほしいですね。

気づいたらアンティークっぽい雰囲気になった階段。
ソファは坂田夫妻が結婚式の高砂に使ったものを再利用。坂田さんの手づくり。

どういう暮らしを望んでいるのか 細かい点も建築士と話すことが大切

建築士のお宅を拝見して、参考になる点が多々あり今後の自宅改修の夢も膨らんだ。さて、家づくりを依頼するときには、どういう点を建築士に伝えるのが良いのだろうか?

坂田:まずは、家族それぞれがどんな暮らしをしたいと思っているのかを考えて、ちゃんと建築士に伝えるのが重要だと思います。子どもがいる家庭は、年齢や性格、子どもが好きなことを考えて、それにあった子育てや生活を思い描いてみる。汚れたら嫌だと思っている人が、汚れてもいい仕様にしても居心地が悪くなると思います。なので、親の考えもよく話し合うことが必要です。本当はこういう暮らしがしたい、こんなデザインが好きなど、自分が好きなものを建築士に伝えてください。それをどうバランスよく形にするのかは設計者の仕事だと思ってます。

でも、100%理想通りの暮らしは無理ですね。僕も夜帰宅すると、転がっているおもちゃを踏みながら寝室へ行ったりするので。そこはおおらかに考えるようにしています(笑)

家にも、自分にも、家族に対しても、“おおらかさ”というのは日々の暮らしに必要不可欠なのかもしれない。家に対して寛容になることで暮らしがもっと豊かになる。住む人も作る人も一緒に家づくりをすることで家への理解が深まる。ハンディハウスプロジェクトが大事にしていることが、坂田さんの自宅でも体現されているように感じた。

※HandiHouse project公式サイトはこちら
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