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3月は別れの季節

 今日施設では職業訓練部、および養成部(歩行訓練士の研修を受けるところ)の修了式が行われた。
 今日の昼食は煮込みハンバーグだったのだけれど、これは職業訓練部の終了生たちからのリクエストメニューだったそうだ。
 また午後一コマ目のPcの授業でパソコン室に行く時、その二つの部がある4階に上ったら、フロワーの雰囲気が卒業式後の教室みたいでこちらまで少し切なくなった。

 そんな中終了生たちと一緒に、職業訓練部の職員のHさんが、今日でこの施設を退職された。
 自立訓練部の私は、Hさんとは部が違うので話す機会は少なかった。それでも宿直や休みの日の日直、さらには文字起しの長文クラスでたまに一緒になることがあった。

 「羽田さーん、職業訓練部のHです。私今日で退職することになったので…。今までありがとうございました」
 夕方銭湯から戻ってきた時、施設の入り口でHさんからそう声をかけられた。
「あっ、そうなのですね。こちらこそ短い間でしたがお世話になりました」
 じつは2.3日前から、どうもHさんが今週で退職するらしいという話を、利用者仲間からなんとなく聞いてはいた。しかし本人から直接聞いたわけではないので、あえて知らなかったふりをした
 「じつは私も浜松出身だったんですよ」
「えっ、そうだったんですか?」
 Hさんの言葉にとても驚いた。
 入所したばかりの頃、私が浜松出身だと話したとき、「祖母が浜松にいるので、コロナ前までは毎年遊びに行っていたんですよ」と話ていたのを覚えている。でもそれはどちらかの両親の実家が浜松にあるのだろうと思っていた。それがまさかHさんご自身が浜松の出身だったとは知らなかった。
 そっかー、自分と同じ浜松出身の人がこの施設にもいたのかー。
 大阪に出てきてから、あたりまえだが自分と同じ県や市はもちろん、同じ地方の出身者が一人もいないことに寂しさを覚える時が多々あった。
 もう少し早く知っていたら、浜松弁で浜松トークができたのに、というかしたかったなあ。そう思うとなんだか寂しかった。
 やはり3月は別れの季節である。

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