ウラジオ日記(1)

昔からロシアに行ってみたかった。そのことをぼくは忘れていた。

たまたま働いてるお店が四日休みになった。それに合わせて旅行に行こうと思った。どこに行こうか、航空券をわくわくと探る。お金はないからlcc。そうすると中国、台湾、韓国、それから東南アジア辺りに限られてくる。友だちがオーストラリアに住んでいるから、行こうと思ったが調べるとやっぱり中国に行くよりも遥かに高い。香港が好きだけれど、今は情勢的に怖い。上海が楽しかったから、北京とか重慶とかもいいかしらと考えるが、そうやって結局中華圏ばかり行っていて、なんかたまには違うとこに行きたいなと思った。それで思い出した。ロシア行きたかったなと。

なんでロシアに行きたいなと子どものころ思っていたのだろう。あの広大な土地に建てられた横に横に大きく伸びたビル。窓が均一に並んでそれはマンションというより壁というような佇まい。そういうものが連なる団地。日本にはないスケール感。それからロシア正教会。教会建築はイスラムの要素が入った独特なもので魅力的だ。日本では感じられない寒さ。ウォッカで体を温める感覚。ロシアの美女。喧嘩っぱやい男。世界最大の長さを誇るシベリア鉄道。シベリア!モスクワ!サンクトペテルブルク!都市の名前を連ねるだけで、ぼくにはきらきらと映った。

ビザを取るのが難しい。そのハードルの高さがまたあやしい秘密めいた魅力を引き立てていた。しかし去年あたりから、電子ビザが発行できるようになった。いろいろと制限はあるが、前よりは気軽にロシアに行けるようになったのだ。それで調べるとロシア行きの飛行機はどれも高い。ウラジオストク。それだけ少し安い。場所を見ると、日本の真上。極東。「極東最前線」というコンピがある。その字面を読むたび日本や韓国、北朝鮮辺りが極東だと漠然と思っていた。far east。多分間違ってない。でもその更に東にロシアがはみ出している。ほんとうの極東。極東の最前線。行ってみたいじゃないか。

さらに調べていく。韓国を経由すると安いらしい。lccを乗り継いでいけるのだ。日本からだとlccは出ていない。だからそれよりは少し値が張る。トランジット。やったことがない。韓国の仁川国際空港はトランジット空港として有名で、世界快適に過ごせる空港ランキングでも常に上位の空港。はじめてのトランジットにも安心だ。

それにトランジットってめちゃくちゃお得だ。安いのに、二カ国行けるってどうなってるんだ。最高じゃないか。それにぼくは飛行機がたまらなく好きだ。飛行機に乗りたくて海外に行っていると言っても過言じゃないくらいに飛行機が好きだ。座席にモニターがついてなくても、多少狭くても、窓から離れた席でも、窓際でも翼の近くで景色が見えづらくても、ぼくはめちゃくちゃテンションが上がる。あんなでかい機体が雲の上を飛んでいる。やばすぎ!でかくて、はやくて、かっこいい!テレビで見たことがある。飛行機はなんで飛んでいるのか正確にはわかっていないという話。ホントに?なにそれ!ヤバすぎ!そんなことある?

飛行機にテンションを上げる度にキャビンアテンダントが天職なんじゃないか、と思う。いやちがうだろう。飛行機に夢中になり過ぎて、業務がおろそかになる。業務のおろそかなキャビンアテンダントなんて最悪だ。

そんな飛行機に四度も乗れるのだ。一体どうなってんだい!というわけでチケットを買った。往復で全部込みで二万六千円くらい。搭乗券より空港使用料とか燃油サーチャージとか諸々の税金とかの方が高い。搭乗券だけなら一万くらいか。

それからウラジオストクの情報を調べてみる。あまり情報がない。少ない。圧倒的に少ない。英語でも調べてみる。それも圧倒的に少ない。何かサイトを見つけても、キリル文字でわけがわからない。少ない情報。でもちらりと見える魅力的な影。なんと魅惑的だろう。

子どものころの憧れを確かめに行こう。

気づくと朝に近かった。薄ぼんやりと空が光っている。青黒い空がゆっくりと明るくなる。雲が広がっている所為でその進みはいくらか遅く感じられる。目線を下に落とすと、家の明かりが二つ見える。朝の気配にほとんどの明かりはもう消えていて、その二つだけが湿った空気を鈍く照らし出している。いつもの家からの、部屋の窓からの景色。ウラジオストクについて調べていたからか、疲れと夜更かしも手伝って、それは異国のように見えた。

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