犬(ウラジオ日記7)

駅に着いてから自分が泊まる筈のホステルがどこにあるのかちゃんと把握していないことに気づく。しかも私はガラケーしか持っていない。地図を調べることはできない。かろうじて英語ではメモしてあった。でもどこにも英語の表記はない。ロシア語。キリル文字。

なんとなくの記憶を頼りに歩き出す。なんか右上の方だったような。大体場所を「右上」とか言ってる時点で底が知れている。そもそも方向音痴なのだ。大概間違っている。

お腹も空いていたから食堂で食べようと思った。ロシアではバイキング方式の食堂が庶民の味方であるらしい。それを探しつつホステルも探す。Владивосток(=vladivostok)という字は見ていたからB=VでC=Sなのは何となくわかった。Столоваяという看板を見かける。CがSだからストロ、ストロベリーだ!甘いお菓子屋さんか何かだろう。と通り過ぎる。中々食堂は見つからない。
食堂はロシア語で何というのだろうとガイドブックを開く。(人生で初めてだ。ガイドブックを携えて出かけるのは。)そこにはカタカナでスタローヴァヤと書いてある。スタローヴァヤ。ガイドブックを閉じるとすぐ忘れてしまう。まだロシア語に慣れていない。
キリル文字にも中々慣れない俺にはどれがスタローヴァヤなのかわかっていない。何日か経つと、ロシア語にもキリル文字にも慣れていく。それでやっと気づく。Столоваяはスタローヴァヤだと。でもその時は気づかず腹を空かせて歩き回る。

ハンバーガー屋をよく見かける。流行っているらしい。マクドナルドはどこにもない。でも折角ならロシア飯が食べたい。そう思いながら一時間が過ぎようとしている。

細く急な階段を登る。時々廃墟を見かける。廃墟から一匹の犬が出てくる。見たことのない犬種。青の混じった灰色。そんな瞳の色を電車で見かけた気がした。とても大きい。おそわれるのかなつくのかわからないから不安になる。不安を見せると犬も不安になるだろうと平然を装う。ナウシカのようなつもりで、「こわくない、こわくない。」とすべてを受け入れるように。でも異国で犬に噛まれる怖さを思うと、やっぱりいたたまれない。

インドで野犬に囲まれたことがある。一本道を前から五匹、狼みたいなやつが迫ってくる。この道は行けないと引き返そうとすると、後ろからも五匹野犬が迫ってきていた。夜の真っ暗な道だ。街灯に照らされた野犬は少し痩せていて、こちらを見て唸っている。犬はもともと狼だったことを思い出す。一匹違う形をした犬がいて、よく見るとそれはポメラニアンだった。

野生化したポメラニアンが唸っている。ポメラニアンでも怖い。死ぬかと思った。その時は、道沿いの家のおじさんが出てきてほうきで追っ払ってくれた。

犬はしばらく着いてきて、廃墟に戻っていった。野犬ではなさそうだったから、あれはボロボロなだけで廃墟ではないのかもしれない。そうしてる内に自然と足は鷲の巣展望台という観光名所にたどり着いていた。道に迷ったら一番高いところから町を見渡すのは鉄則だ。

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