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あかんたれにいちゃん1

11月のある日 仕事中に母から電話があった。
「今仕事?」
「うん、何?」
「忙しいから後で大丈夫。あまりいい話じゃないけど・・・」
込み入った話の感じがしたので後で連絡すると電話を切った。
会社を出て、駅に向かう道すがら母に電話をした。
「さっきの電話の要件はなんだろう」
母が泣きながら
「なにも理由は聞かずに100万円貸して。ダメ・・・?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。逆オレオレ詐欺??
「いや・・・、なんで理由を言えないの?おかしいよね・・・」
「ダメですか?理由は聞かないで・・・」
嫌な予感がした。まさか、あの悪夢の再来。
映画で悪者を駆逐したと思いきや、まだ闘いは終わっていないことの
メッセージが残されることがある。そんな嫌な予感が・・。
「理由を聞かないでなんておかしいよね。なんで言えないのかな。」
割りと冷静に答えた後、トーンが高くなり「まさか、兄じゃないだろうね。
えっ、まさかあのお金、貸したんじゃないだろうね・・・」
母は泣きながら言った。「ごめんなさい、ごめんなさい、絶対に誰にも言わないでなんとかしようと思っていたんだけど・・・」
「まじか・・・。あれは絶対手をつけないと約束したお父さんとお母さんの老後の資金だよね。なんで?なんで?やちゃだめじゃんか!」

冷静だった自分が崩れていくのがわかった。幸いだったのは電話をしたのが駅前の公園だったということだ。夕方の公園ではしゃぐ子どもたちの声に救われた。
謝り続ける母に、冷静に「事実を教えて。何がどうなっているのか」
母は今まであったことを全て白状した。悲壮感を漂わせて自宅に来る兄に
すぐ返してもらう約束で貸しているうちに、気づいたら一銭もなくなっていたこと。兄の取引先が不渡りを出し、100万円ないと事業のすべてが終わること。
私の頭は真っ白になった。あの悪夢の続編が始まっていたとは。再び兄に対する怒り、そして黙っていた母に対する怒りがこみ上げると同時に、私と弟が必死で守ってきたものがいとも簡単に崩れたことを知り、絶望の中に突き落とされた。
それでも、母を責めることだけはしたくないと言葉を選んで冷静に話をした。
そう、もう思い出したくもなく、完全にコンクリート詰めにして海に沈めていた
あの数年前の悪夢が再び目の前に現れたのだった。

絶対に勝手に引き出さないと約束し金庫に預けていた預金が引き出されていた。何から説明すればいいのか整理がつかない。ひとまず、自分一人で抱えることができず、弟と相談すると言って電話を切った。
人前だったから泣けなかったが、裏切られた思いが私の心に突き刺さった。
貯金通帳を預からなかった自分を責めた。心の中は「ふざけるな!」と
大声で叫んでいた。

これは、あかんたれにいちゃんに私たち家族が巻き込まれ、どん底から
幸せを取り戻した物語として語られるはずであった。
身内の恥ずかしい話で、読者の方がどのように感じるかはわからない。
ただ、すべてを語ることで、まるで小説を読むように、他人事のように思えたら
楽になれるのかもしれないという気持ちと、本当に小説になって印税が
入ってきたら、兄を信じ騙された母が「ほら、おにいちゃんのおかげだよね。
信じてよかったでしょ」って笑って言える日が来るのかもしれない。
そんな願い(?)でこれから綴っていくことにした。
封印していた物語だから思い出せないこともたくさんある。
たいした物語じゃないのかもしれないが、この続きを書いていこうと思う。
(わたしのつぶやきだと思って聞いていただければ幸いです。)

                              つづく


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