見出し画像

監視   ~その2~

※前回までのあらすじ
 美しい隣人・アヤに一方的に想いを寄せる青年・僕は、アヤの日常を監視する事に生きがいを見出していた。僕はアヤの交際相手の男に対して激しい嫉妬と憎悪を募らせていた。そんなある日、偶然駅のホームで電車待ちしている男を見つけた僕は、男を背後から線路内に突き落とす衝動に駆られたのだが・・・

「マーくん、おはよー!」
どこからともなく聞き覚えのある女性の声が聞こえた。アヤさんだった。
僕の前に立っている男は振り返って声がする方向へ目をやった。その視線の先には、紺色のスーツ姿のアヤさんが満面の笑みを浮かべて男に手を振っていた。
「おはよう。昨夜はちゃんと寝れたか?」
「うん、大丈夫。」
僕は瞬間的にヤバいッと思い、アヤさんに気付かれないように頭を下げてスマホに見入ってる体を装いました。幸い帽子を被っていたので、帽子のツバに手をやり顔面を隠すように深く帽子を下げました。そうして僕はマーくんの背後で目立たぬように背を丸めて縮こまって二人の会話に聞き耳を立てていました。
何よりも僕は衝動的とは言え、マーくんの殺害を企てて線路内にマーくんを突き落とす為に背後からマーくんの背中にこっそりと手を伸ばしかけていたところだったのです。その挙動をアヤさんや周囲の人たちに見られてはいないかと、今になって物凄く心配になりました。
アヤさんがマーくんに声を掛けるまでの僕は、得体の知れない悪魔に憑依されて本気でマーくんを殺す気でいました。しかしアヤさんがマーくんを呼ぶ声を聞いた瞬間、僕を憑依していた得体の知れない悪魔は一瞬で僕の身体から消え去っていきました。そうして僕の脳内には、正常な人間が普通に持ち合わせている理性的な思考が湧き出てきました。と同時に最前の忌まわしい挙動をアヤさんや周囲の人間に目撃されていやしないかと怖くなったのです。既のところで僕は殺人鬼になるところだったのです。

「今日は何時頃終わりそう?」
「ああ、そやなあ・・6時には終わるんちゃうかぁ・・・」
「ほんま?!ロザンナ行こ!」
「アヤ、ロザンナ好っきやなぁ・・・」
「うん、ロザンナの地中海サラダ美味しいもん。」
アヤさんとマーくんは今夜梅田の洋風居酒屋『ロザンナ』で食事を楽しむようです。僕は思いがけずアヤさんの本日の予定を知り得る事ができました。

そうこうしている内になかもず行きの電車が到着したので、僕らはギューギュー詰めの車内に押し込まれるように乗り込みました。
僕は息を潜めてアヤさんとマーくんが朝っぱらから人目もはばからず電車内でイチャイチャしている様子を窺がっていました。
あー、いいなあ・・マーくんが羨ましいなあぁ・・・アヤさんが彼女だなんて、本当に羨ましいなあぁ・・・
僕は時々羨望の眼差しをマーくんに向けながら、もしもアヤさんが僕の彼女だったらあんな事してこんな事して・・・と虚しい妄想に耽っていました。

僕は梅田で下車してとある警備会社のバイトの面接へと赴きました。
内向的で愛想笑いも気の利いた会話もできないコミュ障で学歴も資格もない極めて使えない僕のようなどうしようもない人間が務まりそうな仕事は限られています。
「君、夜間勤務は大丈夫?」
面接官から尋ねられ、僕は間髪入れずに「大丈夫です。」と即答しました。
夜間勤務は時給が良いので好都合です。
少しでもお金を貯めて、ある物品を購入しなければならないのです。

僕はアヤさんの不在時に極秘で作成した合鍵で侵入して、アヤさんの自宅内のあらゆる場所に超小型高性能隠しカメラを複数台仕掛けているんです。
仕掛けた監視カメラの映像と音声は僕のスマホのアプリに連動しているので、いつでもどこでもスマホを通して監視が可能なんです。
ところが最近、仕掛けたカメラの何台かが不具合を起こして映像が乱れているんです。その為、新しいカメラの購入が必要なんです。
これは僕にとってもアヤさんにとっても大変重要な事なんです。
アヤさんの治安を守る為、僕は日夜アヤさんの監視業務に心血を注いでいるんです。これが僕に課せられた使命なんです。

面接は10分程で終わり、採用の合否は後日連絡するとの事で撤収しました。
僕は今夜アヤさんとマーくんが密会する『ロザンナ』にて、二人を監視しなければなりません。
もし万が一アヤさんに身の危険が及ぶような事がある場合、僕は危険を顧みずアヤさんを守らなければなりません。
その為に僕は日々アヤさんの監視を一分一秒たりとも怠ってはなりません。

帰宅した僕は夕方まで暇なので、隠し撮りした入浴中のアヤさんの裸体をネタにしてアヤさんとの性交渉を妄想しながら、自慰の快楽に没落し果てました。「ああぁ・・・アヤさん・・・・」

さて日も暮れたので、僕は再び御堂筋線に乗り込み梅田へと赴きました。
そうです。密会現場の『ロザンナ』へ突撃です。
夕方6時頃に訪れると店内は既にテーブル席が半分程埋まってました。
僕はお一人様なのでカウンター席で目立たぬようにひっそりと佇み、適当に揚げ物を2品つまみながら中ジョッキの生ビールを飲んで、アヤさんとマーくんが来店するのを待ち構えていました。

15分程経過したところで、いよいよアヤさんとマーくんが来店しました。
一仕事終えて僅かな疲労感が表情からも滲み出ていますが、それでもアヤさんの類まれな美貌は周囲に神々しい輝きを放っています。
そんな女神の如きアヤさんの隣に颯爽と立ち尽くすマーくんのイケメンっぷりは、若干チャラい雰囲気を醸し出している物のアヤさんの美しさを更に際立たせています。傍目にもこの二人はお似合いの美男美女です。僕は只々呆然と指を咥えて羨望の眼差しを向けるしかありません。正直、僕のような何の取柄もない見栄えも悪いショボい男が立ち入る隙は全くもってございません。

彼らはにこやかに談笑しながら店員に導かれつつ奥のテーブル席へと赴きました。
「おつかれさまー。とりあえずビールやね。」
「おう!おつかれー。」
やがて二人は中ジョッキの生ビールで乾杯しました。
「あー、美味いわー。」
「ねえ、マーくん。うちらそろそろ一緒に住めへん?」
驚いた事にアヤさんはマーくんとの同棲を望んでいたのです。
「んー。そやなぁ・・ぼちぼち二人で住めるとこ探すかぁ・・・」
「ほんまー!?嬉しいわぁ。うちな、早よあそこ出たいねん。」
「へえ、何かあったんか?」
「うん・・・あのな、隣の人な、めっちゃキモいねん・・・」
「は?何かされたんか?」
「いや、何もないけどな、たまに廊下で会うた時とか視線がキモいねん・・・じとーっと舐めるように見られてるようで・・・」
僕は後頭部を鈍器で殴打されたようなショッキングなアヤさんの発言に耳を疑いました。

僕はアヤさんから変質者のように思われていたんです・・・絶句・・・


つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?