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プールサイド 遠い夏の思い出

南の島のホテルに泊まっていた時、海には日に2回ほど入った。
それ以外の時間はホテルのプールサイドで過ごした。
観光やショッピングに興味はなく、ただ空と海を眺める毎日。
プールの中で泳ぐ人は少なく、木陰のデッキチェアで寝そべる人が目立つ。

外国人が多い。

パラソルの影でデッキチェアに横になり、本を読みながらヘッドフォンで好きな音楽を聴く。
熱く乾燥した風が下から吹きあがって来るのを感じる。

読書に飽きたらプールに入り、水の中から空を見る。
魚なら、こんな風に空を見るんだろうな。
自分の吐き出した泡が揺れながら水面に上ってゆくのを見ながら、ゆっくり手足を動かしてクラゲになってしまう。

プールの中はユラユラと光の波紋が揺れ、光の筋がいくつも差し込んでいる。耳に聞こえるのはかすかなキーンというような音と、カラッカラッと小砂利が転がるような音だけ。
肌に感じる水の心地よさに眠気がしそうだ。
いつまでもこうしていられる。
クラゲだもの。

プールサイドに上がって、バスタオルで水気をとりまたデッキチェアに潜り込む。

鼻の奥に入ってしまった水が、ツーンとした痛みを伴って涙をにじませる。

この感覚。

学生時代、体育の授業で水泳の時間に毎度も感じたあの痛み。
一挙にいろんな記憶が浮かんでくる。
水着に着替えてまずシャワーを浴びるときのあの水の冷たさ。
プールに整列した時の足裏のコンクリートの焼けるような暑さ。
着替え室やプールにいつも漂うカルキの匂い。
ヘトヘトになるまで泳がされ、水も飲んでしまってやっと上がったプールサイド。
休憩時にプールの周りに寝転がって感じる、暖かい濡れたコンクリートの硬さとその匂い。
当時の水着の色や素材の輝き、肌触りまで鮮明に思い出した。
お気に入りの白とブルーのストライプのバスタオル。

あの時もプールで寝転がってよく空を見てた。

夏の空。

今見ているこの空とどこが違うんだろう。

この空を飛んでいけば、あの時の自分に会えそうな気がする。

注文したトロピカルジュースを飲みながらぼんやりと思いにふける。

そんなわけないか。

何にしても夏空はどこまでも綺麗で、浮かぶ雲は懐かしいほどやさしい。

夕方には、ハッピーアワーで夕暮れを見ながらビールだ。

空と海とプール。日焼けでヒリヒリする肌。

夏っていいな。



絵 マシュー・カサイ「プールサイド」水彩・ペン



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