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作り手側の「思い」や「熱意」を込めた消費者への返答

松下幸之助 一日一話
12月12日 呼びかける

自分が商売をしていて“これは良い品物だ。使えばほんとうに便利だ”というものをみつけたら確固とした信念を持って、お客さんに力強く呼びかけ、訴えるということが大事です。そういう呼びかけをするならば、お客さんもおのずとその熱意にほだされ、一度使ってみようかということになる。その結果、非常に喜ばれ、“なかなか熱心だ”ということで信頼が集まり、自然商売も繁昌していくことになります。

要はそういう呼びかけを喜びの気持を持って行なうこと、そこにこそお客さんにも喜ばれ、世のため人のためになる真の商売を成功させる一つの大きなカギがあるのではないでしょうか。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

「お客さんに呼びかける」ということに関して、松下翁は著書「商売心得帖」(1973)にて、より詳しく以下のように述べています。

 商売というものは、時代とともに徐々に変わっていくものだと思いますが、今日の商売では、昔と比べて、”お得意先に呼びかける”ということの必要性が、ますます高まってきているような気がします。つまり、数年前までは、主にお店に来られたお客さんにいろいろ説明しながら商品をお勧めして、それをお買い上げいただくということで商売が進んでいました。しかし最近は、もっと能動的に商売をするというか、逆にこちらがお得意先をお訪ねし、積極的にお勧めして需要を獲得していくということが非常に大切になってきていると思うのです。

 自分が商売をしていて“これは良い品物だ。使えばほんとうに便利だ”というものをみつけたとする。そのときに、”早くこれをお客さんに知らせてあげよう。そして喜んでいただこう。それが商売人としての自分の務めだ”というように考えてお得意先を回り、力強いよびかけをお客さんに行っていく。それがきわめて大事だということです。

 もっとも、同じお得意先回りにしても、”それをしたほうがよく売れるし儲かるからするのだ”という考え方もできると思います。そして、そういう考え方で行っても一応の成果をあげうるとは思います。しかし、それではほんとうに世のため人のためになる真の商売というものは成り立たない。真の商売をするためにはやはり、自分が”これはお客さんのためになる商品だ”という確固とした信念を持って、お客さんに力強く呼びかけ、訴えていくということでなければならないといえるでしょう。

 そういう呼びかけをするならば、お客さんもおのずとその熱意にほだされ、一度使ってみようかということになる。また実際それを使ってみれば非常に便利でお客さんは喜ばれる。その結果、”あの人はなかなか熱心だ。勉強家だ”ということでお客さんの信頼が集まり、自然商売も繁盛していくことになると思います。要はそういう呼びかけを喜びの気持を持って行なうこと、そこにこそお客さんにも喜ばれ、世のため人のためになる真の商売を成功させる一つの大きなカギがあるのではないでしょうか。
(松下幸之助著「商売心得帖」より)

上記における松下翁のお話は、「刺激・反応パラダイム」の考え方をベースとした伝統的なマーケティングが通用していた時代のお話であると言えます。「刺激・反応パラダイム」の考え方とは具体的には、

1.「お客様は商売人が与える刺激に反応する受動的な主体であるとみなされている」
2.「またお客様を一様にとらえて、十人一色のニーズがある前提で、商売人とお客様という1対Nの関係でとらえている」
3.「ニーズは潜在的に存在しており、プロダクト・アウトのプッシュ型アプローチをとる」
4.「その時々の品物とお金の交換というきわめて短期的な視点でのやりとりに着目したものである」

当時「ナショナルショップ」や「ナショナル店会」が成功した理由としては、1~3の条件を満たした上で、4を短期的な視点ではなく長期的な視点で商売人とお客様のやりとりに着目したという要因が大きかったのではないでしょうか。しかしながら、企業主導でつくった製品やサービスを一方向的に企業から顧客へ提供するプロダクト・アウトのプッシュ型アプローチは1990年代から既に時代遅れになっています。

1990年代以降は、「関係性パラダイム」の考え方をベースとしたリレーションシップマーケティングに転換してきました。「関係性パラダイム」の考え方とは具体的には、

1.「お客様は製品開発などの業務プロセスに積極的に関与する能動的な主体であるとみなされている」
2.「お客様を属性や取引実績に応じて識別し、一人一色のニーズがあり、商売人とお客様という1対1の関係でとらえている」
3.「ニーズを商売人とお客様の双方向的な関係の中から生み出し、マーケット・インのプル型アプローチをとる」
4.「商売人とお客様が協調的な関係を構築するという長期的な視点でのやりとりに着目したものである」

つまりは、一回ごとの取引で最大の収益を得ることよりも、お客様に満足感を与えることで次回の取引を行う可能性を上げ、長期的な利益を増やすことを目的としているということです。リカーリング(Recurring)とも言われるマーケティング手法です。

その後、近年に入りリカーリングが更に発展した、サブスクリプション(subscription)が注目されています。

ICTが指数関数的に進化発展し情報過多時代となった昨今においては、プロダクト・アウトのプッシュ型アプローチが一部で求められている側面も見て取れます。具体的には消費者心理のひとつとして「消費行動を近道したがっている」という傾向が強くあります。例えば、ある商品に対して自らで調べ多くの情報を得て分析検討した上で購入するという消費行動ではなく、信頼出来るインフルエンサーの価値基準を根拠とした購入や、SNSなどでは「これは良い商品だ」という多くのユーザーからのリアルな反響を根拠とした購入などにより、商品を購入するまでのプロセスを短縮する傾向があるということです。ユーザーのリアルな声を根拠とする消費行動は、周りの人と同じ行動をすることで安心感を得たいという同調整バイアスが働いている側面もあるのでしょう。

インフルエンサーの具体例としては、ジャパネットたかたの販売モデルなどが好例と言えます。高田社長は既に引退されてしまいましたが、高田社長の姿は正に「これは良い品物だ。使えばほんとうに便利だ」とお客さんに力強く呼びかけ、訴えていた姿であると言えます。

或いは、ユーザーからのリアルな反響を見える化し、好業績を残しているビジネスモデルの具体例としては、ジュピターショップチャンネルなども挙げられます。番組内で商品提供直後から残りの商品数などがカウントダウンされ、ユーザー側からの反響も手に取るように分かり、周りの人と同じ行動をしている安心感が消費の決断を後押しするのでしょう。つまりは、画面上で「これは良い商品だという多くの反響」をリアルタイムで確認することで、消費行動を短くする手助けになっていると言える訳です。

翻って、購買行動モデル(Consumer Behavior Model)もまた時代とともパラダイム・シフトし、かつては「AIDMA」が通用していましたが、現在では「AISAS」或いは「AIDEES」へと転換しています。最近では、特に最後の「S」、つまりは「Share(共有)」をどのように生み出すかが重要とされています。「刺激・反応パラダイム」の時代においては、「Attention(注意)」から「Interest(興味)」への過程が重要であり、ここには商売人の「熱意」や、商売人に対するお客さまからの「信頼・信用」というものが大きな影響を与えていたのだと言えます。この「信頼・信用」がベースにあった上で、「呼びかける」という行動が加わることで、消費者の立場としては直ぐに商品の購入に至ってしまうことになります。つまりは、このプロセスにおいても、消費者の消費行動を短くする手助けをしていることになります。

現状において、日本企業が作る製品やサービスに関しては、機能や品質が良いのは当たり前の時代となり、どこの企業の製品やサービスも大差のない状態になっています。その中で、消費者の心を動かす要素は何かと考えるならば、「信頼・信用」をベースにした「思い」や「熱意」が差別化に繋がる付加価値を生んでいるのであるとも言えます。ユーザー側の「思い」や「熱意」に対する、作り手側の「思い」や「熱意」を込めた消費者への返答こそが、現状における日本企業に求められていることではないかと私は考えます。



中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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