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三色そぼろ弁当の「再発明」。

天気予報は一日ずっと五月晴れというある日の朝。お昼をまたぐ仕事の予定があったので弁当をこさえることにした。
というのも冒頭から暗い話題で恐縮ですが、長引く物価高が地味につらいじゃないですか。いわゆるボディブローというやつでじわじわ効いてくる。そこへ持ってきて個人的な事情で春から仕事=収入が減ったこともあって、もはやランチを外で摂ることすら贅沢になってしまったのです。とほほ。

まあでも幸いというか料理は好きなので、ここは無理にでもポジティブにとらえることにして、ザ・弁当を用意して、出先の公園かどっかで優雅にお昼を楽しみたいと思ったわけで。大袈裟に言えばそういう毎日のささやかなイベントや変化、楽しみを生きる糧にしていこうと思ったのです。

きっかけは実家でもらったジャンボ絹さや。

鶏そぼろ多めが好き。

この弁当のスタートは先日の連休に一晩田舎に帰省したこと。我が国の国土を、里山の原風景を守っていこうというたいそう立派な志を持って、年老いた親父の代わりにちょこっと農作業をしたのだ。そのことはまたあらためて書くかもしれないし、下書きのままで終わるかもしれない。ともかくそのときにいくらか畑の作物をお裾分けしてもらったのだが、その中に普通サイズの絹さやとえらく大きな絹さやが入っていたのだ。

それからこっちに帰ってきて毎日の献立を考える中で、ふとひらめいた。絹さやがあれば三色そぼろ丼ができるじゃないかと。

ところで皆さんはどうですか、自分のイメージでは、小さなお子さんのいるご家庭では割合ひんぱんに三色そぼろ丼を作るような気がするんだけど、そんなことはありませんか? 一方、うちは中年夫婦の二人暮らしなのでこのメニューは相当マイナーで、年に一度も作りません。

個人の感想です。

というのも三色そぼろ丼、炒り玉子と鶏そぼろは鉄板で外せないとしてあともう一色(だいたいの場合緑色)を何にするかでけっこう揺れがあると思う。インゲンの小口切りなんてパターンもあるでしょう。小松菜やほうれん草も定番の気がする。でも自分は絹さやに一票投じたいのだ。キュッキュした食感も、鶏そぼろのジューシーさ、炒り玉子のふわふわ感とそれぞれに引き立て合う気がして。

誰もが門前の小僧で覚えた味?

絹さやは幅が2センチぐらいあって、オルファのカッターナイフの替え刃のデカイやつぐらいの存在感だったので、(軽く水をかけて濡らし)細かく刻んでレンチン。そのあと顆粒だしをふりかけて放置。こうすると自分自身の水気で顆粒だしが溶けて浸透し、水っぽくならずにいい具合に味がつきます。この顆粒だしをかけて作るなんちゃっておひたし、たぶん皆さんも独自に思いついていると思うけど、なかなか使える技です。

そう、これはあくまで想像なんだけど、家庭料理ってけっこう車輪の再発明というか、なんとなく皆が芋を海水で洗うサルのように同時多発的に「こうしたらええんちゃう?」と思いついて実践していることが多い気がするんです。これが今回言いたいテーマ!

それでいうと僕にとって(僕とか言っちゃった)この三色そぼろ丼なんかは
まさにそれで、イチからレシピを見たり誰かに教わって作ったことは一度もなくて、たぶんこういうものだろう、と作ったらできてしまったメニューのひとつなのだ。それは何も自分が料理上手だとか才能があるとか言いたいわけでは全くなくて、思うにこの三食そぼろ丼のポテンシャルがそういう寛大さに満ちたものなんだと思う。

玉子は甘めの方がいい気がするから顆粒だし、多めの砂糖と塩で味つけ。今でこそそこに水溶き片栗粉を加えてふわっとさせるテクニックを身につけたけど、炒り玉子の作り方=たぶん火を入れる間絶えずかき混ぜ続ければいいんだろう、というのは初めて作った若い頃もたしか完全に見よう見まねでやってみてすぐうまくいった。鶏そぼろにしてもまあ味のベースは醤油・酒・砂糖・みりん・顆粒だしだろう。手っ取り早いものはめんつゆをジャー、だろうと考えたらまあその通り。そういう素人の想像の域を出ずにチャチャッと作れて、それで一定のクオリティを保つことができるのが三色そぼろ丼なのではあるまいか。そういう懐の大きなメニューなのだ。それでお子さんも大好きな味とあればそりゃヘビロテ確定ですよ。

心の隙間にお惣菜を詰めて。

お惣菜? 常備菜? 早い話が昨日のおかずの残り物。

タッパーの中身全部三色そぼろでもいい気がしたんだけど、昨日作ったおかずが余っていたので入れることにした。傷む前に火を入れたほうれん草(コイツは我が家では三色そぼろには昇格しない)と、ねっとり感が大好きな鶏レバーの生姜煮。うふふ。彩りなんかは気にしない。どうせどこかのベンチでおっさんがひとりでかき込むだけなのだ。これで十分。

そういえば最近仕事があまり忙しくない、いやハッキリ言うとヒマなので、手持ち無沙汰になるとすぐ台所に立ってこういうつけ合わせの常備菜をこさえている。今こうして書き留めていてわかったけど、これはお弁当の隙間を埋める以前に、自分の心の隙間を埋めるための作業であるのだろう。まな板トントンお鍋グツグツやっている方がボーッと過ごすよりはいくらかクリエイティブだし、きっと節約にもなっている。これできっといいのだ。

結局、駅のホームでいただきました。

うまく運ぶのにはコツがあります。

皆さんこれも知ってると思うけど、タッパーに詰めたらいったんラップでぴったりと覆って、その上からフタします。こうすることでラップとフタの間の空気がお弁当の中身をふんわり押さえてくれるので、中身が崩れにくくなります。とはいえ水平を崩さないように細心の注意は払いつつ、仕事へ。

なんだかんだあちこち歩き回っているうちに昼時に。路上の気温計は26℃を表示していてなかなかの夏日。あまり長時間経つと傷む気がしたので、特急を待つ間の駅のホームの端っこでいただきました。公園でのんびり楽しむと言う当初の計画はダメになったけど、これはこれでおいしかったからよし。
パカッと開いたときにも首尾よく崩れないまま、三色のストライプを保ってくれてました。やった。

簡単に作れるわりには、三色の具を混ぜて一口ごとの味わいの変化を楽しむいわゆる口内調味の仕掛けも楽しいし、これって実は高等テクニックだと思うのです。料理初心者はとかくどんな食材でも一緒の鍋に放り込んで調理しがち。それをあえて別々に調理して、食べるときに合わせるのって発想としてはけっこう手慣れてこないと出てこない気がする。そう思うと、やっぱり三色そぼろ丼(弁当)って侮りがたいやつです。

また機会があったら作ろうっと。鶏そぼろは作りすぎて余ったので、チンゲン菜炒めにからめて、豆板醤あたりで味つけして片栗粉でとろみをつけ、リメイクおかずにしようと画策中。

ごちそうさまでした。







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