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私から生まれた子、私ではない子

息子を妊娠した時。
彼は、確かに私だった。
「私の細胞」であり、「私の身体の栄養」を摂り、「私の中に」いて、そして生まれた。
だから、暫くは息子を自分と同一視してしまって(実際彼は私によく似ている。顔も、性格も)いた。
思うように言うことを聞かなくなり、それが自我だったのだけど、元は私と同じだったけど生まれた以上彼は違う人間だと自分に言い聞かせた。

娘を生んでもうすぐ2年。
3人目の娘がもうすぐ生まれるいま、お腹の子も含めて子どもたちが「自分と同じ」と感じることは殆どない。ゼロと言ってもいい。
なぜ息子が赤ちゃんの頃あんなに同一視する感覚があったのか、もはや不思議なぐらい。

私から生まれた子。でも、息子と娘は全然性格が違う。
お腹の子も、おそらく全然違うだろう。
同じ人が同じところで同じ倫理観のもとに育てていても、生まれ持った性質はそのひと固有だと、娘が教えてくれた。
だから、息子も私と同じなわけがない。時間はかかったけど、あとからそれが腑に落ちた。

今後学校に行くようになると、自分の価値観から「こうした方がいい」と思って子らをコントロールしたくなる時があると思う。きっとあるだろう。
だけど、その時こそ子らと自分は違う、同一視すべきではない、と思い出したいと、思う。

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