見出し画像

『リズと青い鳥』映画評・恋愛よりも上の友情


『リズと青い鳥』はマッドマックス怒りのデスロード


こんにちは。エッセイに魂を売った男・ササクマと申します。趣味で映画評を書く暇人でしたが、ここ最近はエッセイしか書いておりません。4000文字程度で承認欲求が満たされるのヤバい。

特に誰からも「ササクマの映画評が読みたいよ!」なる要望を聞いたわけではありませんが、勝手に細々と映画評を書き続けたいと思います。

で、今回の映画評は京都アニメーションの『リズと青い鳥』です。2018年4月公開。監督山田尚子、脚本吉田玲子。

画像1


Ⅰ. 概要

『リズと青い鳥』とは、京都アニメーション制作のTVアニメ『響け! ユーフォニアム』のスピンオフ映画です。原作小説の作者は武田綾乃先生で、宝島社より刊行されています。

本作はアニメ本編の外伝的な派生作品の立ち位置ではあるのですが、原作小説では5,6巻の前後編として収録されています。ただ、それと並行して2018年9月公開の『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』の内容も進んでいる状態です。

……説明ややこしッ!!

同じ時間軸の物語なら、なぜ一本の映画として制作しなかったのか? 原作小説は主人公黄前久美子の一人称視点で進むため、『リズと青い鳥』の主役である鎧塚みぞれと、傘木希美の間に入り込んでしまいます。

正直、小説で読んでいても不自然です。間が悪すぎってか、盗み聞きのレベル。しかし映像であれば状況説明がいらず、演出力でカバーすることも可能なので、いっそのこと並行する物語を独立させることに。制作においても2本ラインで作業できるため、非常に効率的で効果的でした。


以上のこともあり、本作は本編と必ずしも派生しているわけではありません。とゆーことで、アニメ『響け! ユーフォニアム』も見た方が良いです。1期と2期で合計26話。それぞれ総集編の劇場版もあるのですが、こちらは鎧塚みぞれと傘木希美のエピソードが省略されていたような……。

一応、本作『リズと青い鳥』は本編を見ずとも、楽しめる作品にはなっています。なぜなら、監督の尋常ではない演出が随所に盛り込まれているからです。この演出力が『マッドマックス怒りのデスロード』と共通すると思ったので、これから記述していきます。


Ⅱ. 作品紹介

○あらすじ(公式サイトより引用)

--ひとりぼっちだった少女のもとに、青い鳥がやってくる--

鎧塚みぞれ 高校3年生 オーボエ担当
傘木希美 高校3年生 フルート担当

希美と過ごす毎日が幸せなのぞみと、一度退部をしたが再び戻ってきた希美。
中学時代、ひとりぼっちだったみぞれに希美が声をかけたときから、
みぞれにとって希美は世界そのものだった。
みぞれは、いつかまた希美が自分の前から消えてしまうのではないか、という不安を拭えずにいた。

そして、二人で出る最後のコンクール。
自由曲は「リズと青い鳥」。
童話をもとに作られたこの曲にはオーボエとフルートが掛け合うソロがあった。

「物語はハッピーエンドがいいよ」
屈託なくそう話す希美と、いつか別れがくることを恐れるみぞれ。

ーーずっとずっと、そばにいてーー

童話の物語に自分たちを重ねながら、日々を過ごしていく二人。
みぞれがリズで、希美が青い鳥。
でも……。
どこか噛み合わない歯車は、噛み合う一瞬を求め、まわり続ける。


○登場人物(公式サイトより引用)

■鎧塚みぞれ
高校3年生。オーボエ担当。市内の強豪・南中学吹奏楽部出身でトップクラスの演奏力を持っている。希美の存在が彼女の全てであり、その他のことに興味を向けることがない。

声優は種﨑敦美。『すべてがFになる THE PERFECT INSIDER』では西之園萌絵役。『アイドルマスター シンデレラガールズ』では五十嵐響子役などの美少女キャラを演じる。

希美と会話する時は、常にクライマックスの気持ちで臨んだとのこと。


■傘木希美
高校3年生。オーボエ担当。みぞれと同じく南中学吹奏楽部出身。1年生のときに一度退部(当時の3年生と対立)したものの、2年生の夏に復帰した。高い演奏技術と明るい性格で、後輩からも慕われている。

声優は東山奈央。『金色モザイク』で九条カレン役。『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』で由比ヶ浜結衣役。声が凛とした中に幼さが残るので、明るい少女の役柄が多い。


■中川夏紀
高校3年生。副部長。ユーフォニアム担当。高校から吹奏楽を始めた。中学時代、輪の中心にいる希美に憧れを持っていた。

みぞれと同じクラスであり、さりげなく彼女をサポートしている。本作においてイケメン度が高い。

声優は藤村鼓乃美。声優アイドルユニット「ワンリルキス」のメンバーとして活動を開始。また別ユニット「アルパカモリス」としても活動し、ソロでもミニアルバムCD「SUMMER VACATION」を発表した。


■吉川優子
高校3年生。部長。トランペット担当。2年前の部員退部騒動から、みぞれを気にかけている。

よく夏紀からイジられがち。怒ってはいるものの仲良し。こちらの関係性も注目したい。

声優は山岡ゆり。『SHIROBAKO』で矢野エリカ役。『たまこまーけっと』でチョイ・モチマッヅィ役を演じた。ちなみに学生時代は吹奏楽部。


■剣崎梨々花
高校1年性。オーボエ担当。ファゴット担当の同級生とダブルリードの会を結成している。先輩の鎧塚みぞれを慕っており、仲良くなりたいがいつも誘いを断られる。スタッフから人気のキャラ。

声優は杉浦しおり。2015年デビューの新人声優。アニメ『迷家-マヨイガ-』にてプゥ子役。スマートフォン向けアプリゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』でスイープトウショウを演じる。

梨々花の見た目はギャルっぽく、原作小説でもギャルっぽい言動なのだが、なぜだか彼女が演じるとふわふわ可愛い不思議ちゃんになる。今後の活躍に期待。


■リズ
童話「リズと青い鳥」の登場人物。両親を亡くし、湖の近くの家でひとり暮らしている。ある日、倒れている少女を助け、一緒に暮らすようになる。

声優は本田望結。女優でもあり、フィギュアスケート選手でもある。バラエティ番組でのタレント、またテレビCMにも多数出演。声優としては本作が初めてでありながら、一人二役を担うことに。

一人二役の理由は、吹奏楽部の少女のどちらがリズで、どちらが青い鳥なのか、きちんと決まっていないことが重要だったから。

■少女
童話「リズと青い鳥」の登場人物。青い髪をした不思議な少女。湖のほとりで倒れていたところをリズに助けられる。


○スタッフ

■監督:山田尚子
京都アニメーションに2004年入社。アニメーターとして経験を積み、2007年「CLANNAD -クラナド-」にて演出デビュー。さらに2009年「けいおん!」で初監督に。『ユーフォ』ではシリーズ演出を務める。

映画初監督作品の『映画けいおん!』(11年)では、第35回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞。『たまこラブストーリー』(14年)では第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞。『映画 聲の形』(16年)第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞。そして本作『リズと青い鳥』(18年)では第73回毎日映画コンクール大藤信郎賞を受賞。

これらの作品は全部、少年少女たちの高校生時代を描いている。特に山田監督は17歳に魅力を感じており、大人でも子どもでもない時期が、凄く輝いているように見えると言う。また17歳から18歳になったら大人になり、どこか別の世界に行ってしまうような気がすると、独特の感性を発揮している。

あと、めっちゃ美人。


■脚本:吉田玲子
アニメ業界で頂点に君臨しているであろう、泣く子も黙る人気有名脚本家。細田守監督の『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』にて脚本家としての頭角を現し、スタジオジブリでも『猫の恩返し』を担当した。

そしてTVアニメ『けいおん!』が契機となり、その後も数々の京都アニメーション作品を担当することに。さらには『ガールズ&パンツァー』も大ヒットし、他の追随を許さない人気脚本家へと登りつめた。

2014年、2017年にて、東京アニメアワードアニメ オブ ザ イヤー部門の原作・脚本賞の受賞歴を持つ。

山田尚子の監督作品すべてに参加しており、彼女の世界観を構築する上で欠かせない存在となる。

パンフレットにて、以下のメッセージを残した。

自分の感性や感情で観てもらえたら嬉しいです。感じたことそのままがその人(観た人)の「映画」になってほしいなと思います。


■キャラクターデザイン:西屋太志
京都アニメーションに2001年入社。『聲の形』に引き続き、本作でもキャラデザと総作画監督に抜擢。他作品だと『日常』、『氷菓』、『Free!』シリーズのキャラデザも担当。またWebアニメ『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』、『にょろーん ちゅるやさん』などのデフォルメキャラもデザインしており、作品に応じて幅広く描き分けることが可能。

今や伝説として語り継がれる『涼宮ハルヒの憂鬱』第12話「ライブアライブ」において、ライブシーンの原画すべてを手がけた。熱唱するハルヒの表情、ギターを奏でる長門の運指など、高い作画力でアニメに躍動感を吹き込む。作画において何よりも大事なのは、監督の絵コンテに込められたニュアンスを汲み取り描くことだと伝えている。

本作『リズと青い鳥』では繊細さを表現するため、少女の透明感を意識した。見た目では頭身を高めに、首はすらっと長く、手足は細めに描き、あまり色気を感じさせないようにバランス調整するのが難しかったとのこと。


■音楽:牛尾憲輔
ソロユニット「agraph」として活動。テクノミュージシャンである石野卓球に音楽制作スタッフとして迎え入れられ、「電気グルーヴ」のテクニカル・エンジニア、サポートメンバーとして実績を積む。

アニメ『ピンポン』にて音楽を担当。そして山田監督から指名され、『聲の形』の劇伴音楽も手がけることに。

音楽を依頼した理由は、山田監督が元々「agraph」が好きだったことに加え、『聲の形』は絶対に音を大切にしなければいけない作品だと感じていたため。『聲の形』は言葉だけではないコミュニケーションを描く作品になることから、電気信号のように生理的に伝わる音楽が必要だった。

その点、「agraph」は音を現象として捉えながら、分離したり組み立てたりしており、さらに物事の理や世界観を緻密に構築している。あとは何より優しさがあるため、どうしてもお願いしたかったとのこと。

対して牛尾憲輔も、前々から山田監督に注目していた。山田監督作品のアニメキャラクターは記号として存在せず、自分にもあった思春期のもやもやとした気持ちが描かれており、地に足がついたキャラ作りが魅力的だと語る。

本作『リズと青い鳥』でも、山田監督とのコンセプトワークを共有した。デカルコマニー、互いに素、息を潜める物音たち。そうして完成された楽曲の中でも、「reflexion,allegretto,you」は物語を象徴する名曲だ。魂が浄化されていくようで、永遠に聴いていられる。


Ⅲ. マッドマックス怒りのデスロード

本作を分析するにあたり、わたしは台本付きの初回生産限定版BDと、劇場パンフレットを購入しました。どちらも流通数が少なく、プレミア価格となっています。合計¥30,000円以上。自己破産。

(2021/1/28追記)
この記事を公開した2日前の12月12日。公式から本作の復刻版BDとパンフの受注生産が決定してました。


どうして、わたしは破産してまで資料を手に入れたのか? その理由は本作が人々の様々な言説で溢れ返っているからです。この作品は特に何かを調べなくても、事前の予備知識が無くても、感想を語れてしまう仕組みになっています。

なぜなら監督の演出力が素晴らしすぎるため、誰も物語を説明せずとも観客が理解できてしまうからです。


これと同じことが『マッドマックス怒りのデスロード』でも言えます。はたから見たら殺人チンドン屋集団がヒャッハーしてるだけの映画かもしれませんが、支配体系を築く彼らにも共同体を維持するメソッドがあります。

画像2

ディストピアな環境の中で、かろうじて車と武器はある世界。力はあっても土が死んでいるため、作物が育たず十分な栄養を得られない。だからこそ健康な女体には高い価値があり、子孫を残すには必要不可欠です。

とはいえ、支配者は人間を使い捨ての道具としか扱っていません。放射能の影響で寿命が短いウォーボーイズを利用し、英雄の扉が開くなどと信仰を説き、いつでも命を投げ捨てられる駒に洗脳します。

そんな支配に反発した女たちは、人間としての尊厳を取り戻すべく逃亡しました。しかし行く先々で、荒廃した大地には生活できる場所が無いと悟り、元の共同体を奪還するための戦いに臨みます。


以上の内容、誰も説明していません。ストーリーの構造的には、ただ行って帰るだけ。それなのに世界を理解できるのは、物語上で必要なアクションシーンの演出だけで話が進むからです。

詳しくは、こちらの映画評でどうぞ。


『リズと青い鳥』の物語も、本当は日常が淡々と過ぎてるだけです。コンクールの本番も無く、練習風景が流れていきます。展開にドラマ性がありません。

その上、本作はスピンオフです。本編にて主役二人の葛藤があったのに、誰も経緯を説明しない。なのに、わたしたち観客は、二人の背景にあるはずの関係性を読み取れてしまうのです。なんでぇ〜〜??

まるで監督の魔法にかかったかのような心境です。あえて説明しないことで相手に理解させる。この神がかった演出方法により、まんまとわたしは感動してしまいました。この感動を言葉にしたいため、次は台本を読みながら物語を追って行きたいと思います。

読み終わりましたら、次章へ進んでください。


Ⅳ. 物語の不思議

わたしが映画評を書く理由は、作品の感動を書きたいからです。感動を説明するためにはストーリーを解読し、希美の心情を正確に分析する必要がありました。

しかし、希美の受け取り方は、書き手の印象によって大きく変わります。本作は特に調べなくても書けてしまうので、感想記事を書く方が大勢いらっしゃいます。中には同意できるものもありますが、大概は自分の見たいものしか見ていません。

上司がカラスは白いと言ったら、わたしはカラスは青いと言うタイプの人間です。あなたが青く見えるなら、林檎も兎も青くて良いのです。わたしはケツの穴が小さい便秘イボ痔野郎なので、自分が読みたいものを書きます。めっちゃ難産。


で、恒例のアレです。

「優れた物語は99%の現実と、1%の不思議で構成されている」

やはり映画の分析方法として優秀すぎ。これで一生、食っていく。

本作『リズと青い鳥』の不思議要素ですが、これは先に述べた通りあえて説明されていない部分があるため、どこもかしこも謎が残ります。しかし、その謎が魅力的な人物背景になったり、わたしたちの想像で補える余地となってたりするので、作品の分析において実はそんな重要ではありません。

逆に想像の余地で補えない部分、そこが1%の不思議要素です。

普通、創作者は自分の作品に込めたメッセージを、勝手に解釈されるのを嫌います。カラス黒いっつってんのに、外部から青いとか言われても嬉しくありません。なぜなら、そのメッセージが作品の根幹だからです。そこがブレブレだと何も伝わらない。


いい加減、回りくどい書き方はやめましょう。本作の不思議要素は「リズと青い鳥」です。この「リズと青い鳥」って曲、実際は現実にありません。原作に登場していた架空の曲名を、映画化の際に作曲しました。

なので、「リズと青い鳥」はストーリーを成立させるための、特別に作られたオリジナル曲です。みぞれと希美の関係性を巧みに表すような、そんな都合の良い楽曲は元からありません。吹部経験者の話によると、ソロの出来次第で評価が変わる曲を、コンクールで採用するのはリスクが高いため現実的ではないとのこと。

おいおい、待てと。「リズと青い鳥」の曲は作品の根幹なのに、そこが不思議要素ではメッセージがブレブレになるんじゃないかと、いらんことに気づく読者の方も多いことでしょう。

基本、作品の不思議と、創作者の願い(メッセージ)は繋がっています。なぜなら創作の原動力は現実を超えたい・変えたいために行われるからです。人が前向きに生きるためには、物語を必要とします。

単に楽しいから創作意欲が湧く方もいるでしょう。ですがわたしの個人的な見解では、不思議と願いの点と点が線で結ばれなければ、感動は発生しません。


Ⅴ. 音楽のリアリティ

というわけで、楽曲「リズと青い鳥」の話をします。

■作曲:松田彬人
株式会社POPHOLIC所属。アイドルやTV番組の楽曲も手がける音楽プロダクション会社にて、松田さんは主にアニメや、ゲーム作品への楽曲提供を行っています。本人もアニメ・声優好き。

京アニとは『涼宮ハルヒの憂鬱』からの付き合い。その後も多くのキャラクターソングを担当しました。

そして『ユーフォ』にて、初の本格的な吹奏楽の作編曲に挑戦。学生時代は吹奏楽部でトロンボーンを吹いたり、簡単な編曲もやっていたとのこと。

その時の経験と、アニメの仕事で培ったノウハウが合わさり、名曲「三日月の舞」が誕生しました。この曲はトランペットのソロが難しかったり、サビで盛り上がるよう調整されていたりと、ストーリーの内容を遵守して作られています。

詳しくは公式サイトにて、対談インタビュー記事をどうぞ。


音楽制作協力:洗足学園音楽大学
本編のアニメ放送時から、「暴れん坊将軍」の下手な合奏を再現するなど、数々の難しい要求に答えてきた方々です。

今回の「リズと青い鳥」でも、オーボエとフルートのソロ掛け合いを演奏しました。二人のピッチが合わない練習シーンと、第3楽章を通しで合奏したシーン。あまり音楽に詳しくないわたしであっても、その迫力に圧倒されます。

以下、メイキングの様子。


■楽器の表現
また、その演奏に負けない京アニの作画も素晴らしいです。複雑で細かい構造の楽器ひとつひとつが手描きとのこと。しかも大きさがシーンごとに異ならないよう、比率を計算しながら作画作業に入ります。ひとつの楽器を描くのに1時間はかかるとか。これ本当にTVシリーズで放映してた?

楽器の見た目だけではなく、楽器が持つ性質にも気を配ります。例えばコントラバスには魂柱という板を支える柱が入っているため、立てかける時は必ず向かって右側を下側にしないといけません。知ってるわけねぇ。他にも楽器ごとにチューニング管が閉じてるとか、開いているとか、実際の専門知識が無ければ描けない設定を再現しています。

その上で、演奏の音と、指の動きを合わせるのは至難の技です。この音の時は指をこの位置で抑え、息継ぎのタイミングなども頭に入れておかないといけません。その間にも指はグネグネと動くので、考えただけで脳内がしっちゃかめっちゃかです。

しかし、京アニには楽器経験者がそこそこいたため、間違っていた箇所はすぐに指摘してくれました。またスタッフごとに楽器を担当し、各々で研究していたこともあり、ピストンの重みまでが伝わる作画に。

スタッフひとりひとりの協力と努力が結集し、『ユーフォ』シリーズは完成度の高い作品となったのです。ヤバい、なんか目頭が熱くなってきた……。


作品にとって都合が良い、架空の楽曲を取り扱うからこそ、99%のリアリティで1%の不思議を成立させます。楽器の性質なんて素人には分からないかもしれませんが、そこでクオリティを妥協してしまえば本物にはなれません。

正直、物語はフィクションです。100%が嘘。しかし、嘘臭い物語では誰も感動しません。99%のリアリティを投入して、ようやく嘘が不思議に変わります。自分の願いを届けたい。創作は果てしない旅路です。

TVアニメの監督は石原立也さんですが、シリーズ演出を務めたのは山田尚子さん。京アニ魂を引き継ぎつつも、独自の世界観がある彼女の監督作品にはどんな特徴があるのか? 次はそれを解明していきましょう。


Ⅵ. 山田監督の作品性

京都アニメーションと言えば、日常系作品の印象が強いのではないでしょうか?『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『CLANNAD』など、日常パートが魅力的に描かれているからこそ、視聴者に注目されて人気となりました。

いわゆる、日常系アニメ。2000年代頃に流行ったジャンルで、若い女の子たちのまったりした雑談がメインです。そこに物語のドラマ性は無く、ただ淡々とコントのような会話劇が繰り広げられます。主人公が挫折しない、「優しい世界」での青春。


■けいおん!
萌え4コマ漫画『けいおん!』も、アニメ化した当初は日常系に含まれていました。実際その認識は間違っていませんでしたが、アニメ2期の最終回が近づくにつれ、日常が終わってしまう寂しさに気づかされます。

主人公・唯たちの高校卒業です。普通なら晴れやかな気持ちで彼女たちの卒業を見届けるところ、後輩である梓の視点が入ってくるため、視聴者たちも同じく取り残される気持ちを味わいます。

彼女たちは特に何かを乗り越えたわけじゃありません。せいぜい学園祭での演奏を成し遂げたくらいです。しかし、だからこそ今までの日常が崩壊し、「優しい世界」から放り出される寂しさが視聴者に襲いかかります。わたしなんかは未だに最終回を観れていません。

「優しい世界」の崩壊・解放・脱却を図ることにより、山田監督は人間の心理的な成長を描こうとしているのではないかと思います。


■たまこまーけっと
『たまこラブストーリー』では主人公・たまこと、幼馴染・もち蔵の恋愛模様がメイン。幼馴染から恋人関係への進展による、「優しい世界」の崩壊にも見えるのですが、その裏ではたまこの友人・みどりの葛藤が描かれています。

裏主人公こと、常盤みどりはたまこの幼馴染であり、TVアニメでは「優しい世界」を頑なに守ってきました。もち蔵がたまこにアプローチを仕掛けようものなら、すぐに勘付いてブロックします。

エロゲ脳のわたしは最初、みどりがもち蔵を好きで嫉妬しているのかと勘違いしてました。その誤解が解けた後も、みどりはたまこが好きな百合展開を期待してましたが、彼女は単に今の関係性を壊したくないだけです。

しかし、たまこがもち蔵への恋心を自覚したのを悟り、みどりは彼女の背中を押して応援します。友人を「優しい世界」から解放することで、脱却した自身も大人になりました。


■聲の形
小学生時代にイジメをしていた主人公・将也が、イジメていた硝子と高校生になってから仲直りをします。さらには小学生時代のクラスメイト、高校で親しくなった友人も加わって一緒に遊びます。

本来であれば「優しい世界」を形成することも可能でした。しかし、イジメの過ちはいくら自分が償おうとも、安寧に浸ることを許してはくれません。

だからこそ、作中の登場人物たちは偽りの「優しい世界」を放棄します。むしろグチャグチャに掻き乱し、関係を修復不可能にまで追い込み、また最初からリスタートさせました。

過去の罪を引きずりながらも、生きることを選択する。各々の登場人物たちは自己と向き合い、自分の目で相手を見れる人間へと成長したのです。


Ⅶ. 優しい関係

そして本作『リズと青い鳥』ですが、TVの『ユーフォ』シリーズは日常系の皮を被った熱血スポ根ものです。全国大会金賞を目指しているわけですから、主人公が挫折するドラマ性も盛り込まれています。

しかし、『リズと青い鳥』ではコンクール本番のシーンがありません。学校を鳥籠に設定することで、新たに「優しい世界」を作り上げています。

で、この「優しい世界」を維持しようとしているのが、他ならぬ傘木希美なわけです。


別記事のストーリー解説にて書いた通り、彼女は本心を出せない状況にあります。なぜなら、優秀な自分を演じることで支持者を得て、その中でコミュニティを完結させているからです。もしも自分が性悪だと知られ、軽蔑されれば支持者は減るでしょう。

狭い範囲で人間関係を固定し、互いの本質を傷つけないことを目的に結んだ友人関係のことを、「優しい関係」と呼びます。(参考文献:土井隆義『友だち地獄』)

「優しい関係」は例え親しき仲であろうと、互いに感覚を研ぎ澄ませて空気を読まなければいけません。この関係を維持するためには、相手を気遣う繊細なコミュニケーション能力が求められます。

では具体的に、どのようなコミュニケーションが行われているのでしょう? フルートパートの可愛いガールズトークは言わずもながですが、実は優子と夏紀の存在が重要です。


彼女たち二人は、顔を合わせれば喧嘩しているように見えます。夏紀が優子をイジり、イジられた優子は怒って言い返す。仲が悪そうな二人ですが、部長と副部長の立場上、吹部に関しては互いの意見を聞き入れます。

しかし、希美に対しては意見が言えません。なぜか? 話を聞き入れてくれないからです。優子が不満をぶつけても、夏紀は言い過ぎだと止めます。いつもは優子をイジっている夏紀ですが、実のところ誰よりも空気を読んでいるのは彼女です。

優しい関係内では、例え正論でも相手を傷つけてはいけません。優子と夏紀は言い合っているように見えて、希美に対しては意見を言えないことから、三人とも優しい関係から逸脱できていないことを表します。

これが意味するのは、ディスり合いでさえ優しい関係内のコミュニケーション・モデルに組み込まれていることです。


というわけで、コミュニケーション・モデルを構築してみました。

図1
       平穏
   ディス  イジリ
  対等←ーーー|ーーー→上下
   ケンカ  イジメ   
       葛藤

……正常に表示されてるでしょうか?

優子と夏紀は「ディス」の域に入ります。夏紀の方からイジっても、優子は言い返せるので対等なわけです。そして優子が希美へ不満を言えば「ケンカ」へと移行するわけですが、そうなる前に夏紀が止めます。

以上のことから三人とも優しい関係を維持し、逸脱できないことを表します。とはいえ、吹部は全国大会金賞を目指す実力主義のため、空気を読んで気遣ってはいられません。ゆえに、吹部に限定するなら優子と夏紀は優しい関係から抜け出せています。


しかし、みぞれだけは最初から優しい関係に組み込まれていません。なぜなら彼女は、場の空気を読むコミュニケーション能力に乏しいからです。

また、彼女はコンクールに興味がありません。希美も自分のソロに夢中です。希美視点からすると、優しい関係内にいないみぞれとのコミュニケーションは難しく、全国で金を獲りたい吹部との仲間意識も薄い。

誰にも心を開けない希美はひとりぼっちです。

だからこそ希美からすれば、優しい関係外にいながら自分を好いてくれるみぞれを手元に置いておきたいはず。なのですが、彼女は一度みぞれのことを裏切っています。もしかしたら、みぞれなら退部した自分のことを追いかけてくれると、期待していたのかもしれません。

しかし、みぞれは吹部でオーボエを続けます。オーボエだけが自分と希美を繋ぐ最後の希望であると同時に、呪縛だったのです。

そしてクライマックス、みぞれは「希美といられれば何だっていい」と告げます。二人とも音大に行けるのであれば、希美はその言葉を受け入れたかもしれません。

ですが時間軸は、第3楽章を演奏して才能の差を思い知った後です。本当は音大に行きたいわけでもない希美は、みぞれを鳥籠から解放します。

「みぞれのオーボエが好き」

大好きな希美が望むのであれば、みぞれはオーボエを続けて飛び立つしかありません。それが青い鳥の愛の在り方。


Ⅷ. まとめ

『ユーフォ』シリーズのファンブックにて、原作者の武田先生は以下のコメントを残しています。

小説に限らずあらゆる創作物において、恋愛が友情の上に来ることって多いじゃないですか。それに納得がいかなくて、この作品は友情が上でもいいんじゃないかと思って書いたんです。

この意見に山田さんも同意します。

世の中、そんなに恋愛至上主義で動いているわけじゃないのになぁ、と思うこともありますね。

さらに続けて、武田先生は自分の書きたかったものは何か説明。

ですから、秀一も特別なんだけど、久美子にとって麗奈はその上をいく存在として描いています。この先、秀一が特別な異性でなくなることはありえますが、麗奈との関係は不変なんです。

久美子は周りがよく見える性格で、場の空気を読む能力に長けています。優しい関係を維持するタイプですから、自分の意見をキッパリ言う麗奈のことから目が離せません。対する麗奈も久美子の性格の悪さが気に入ったのか、高校へ進学してからは相棒のような存在へ。

この二人の関係は、優子と夏紀に似ています。全国大会で金賞を獲るため、「仲間」として切磋琢磨しながら高みを目指す。


しかし、みぞれと希美の関係とは異なります。二人の関心は全国大会で金賞ではなく、いかにソロで素晴らしい演奏をするかです。

二人だけの世界を百合と捉えることも可能ですが、武田先生と山田さんの言葉を引用したように、『ユーフォ』シリーズでは恋愛よりも上に来る友情を描いています。

これに山田監督としての作家性を加えるなら、みぞれを「優しい世界」から解放することで、希美も精神的に成長したはずです。ですが、希美は「優しい世界」から脱却できていません。

なぜなら、みぞれは才能の翼で飛び立ったからです。置いてけぼりにされた希美は、これからも優しい関係を維持し続けます。

もう二度と、二人揃ってソロを吹くことはないでしょう。残り少ない時間は一瞬一瞬が美しく、同時に悲しくも感じます。

しかし、みぞれも希美も、ひとりぼっちではありません。音楽で繋がっています。希望でも呪縛でもなく、ただ生き方として愛します。

もしかしたら、希美は何も変わっていないのかもしれません。この関係が5年後、10年後も続いている保証も無いです。それでも二人の愛が一生続くことを、山田監督も我々も願っているのではないでしょうか?

誰が何と言おうと、『リズと青い鳥』はハッピーエンドです。


…………希美もいつかは「優しい世界」から抜け出すのでしょう。社会の荒波に揉まれてしまえば、優しい関係内だけでコミュニケーションを完結するのは不可能です。

何かしらの事情で傷ついた時、空を飛ぶ青い鳥が羨ましく見えるかもしれません。しかし、自分には才能の翼が無いことを悟っています。中には美しい鳥たちを、捕獲したいと考えるかもしれません。

それでも、鳥は自由に空を飛ぶから美しいのです。

翼(才能)を持って生まれた彼らは、責任感から飛ぶべくして飛ぶわけでも、餌を取るために飛ぶわけでもありません。飛びたいから飛ぶ。

彼らの勇ましい姿を見上げた我々も、前向きに生きる元気を貰っています。それが虚構の日常系作品であったとしても、我々の日々の癒しになっていたことは現実です。わたしも『けいおん!』最終話を観ます。

「優しい世界」から抜け出して、現実世界を歩くことに決めました。また辛くなったら、美しい青い鳥を眺めさせてください。

飛べなくても地面は続いています。

行きたい場所に行きましょう。

この記事が参加している募集

映画感想文

いただいたお金は、映画評を書く資料集めに使います。目指せ3万円。