ホテルウイングステート東京 第7話
村井 貴明(むらい たかあき) 38歳 その2
「いや、そこまでは流石にしないでいいですよ。申し訳なさ過ぎます」
「でも、やっぱりアクセサリーはあったほうがいいよ。そのほうがもっと大人っぽく見えて、素敵に見える」
不意をついて、イヤリングもしていない小さな耳たぶに軽く触れた。びくっと一瞬震えたあと、彼女が僕を見上げる。ネックレスにくわえて、耳にもなにかあったほうがいい。
こういうホテルに着ていく服を持っていないと彼女が話したから二人で買いに行ったものの、結局買ってあげたのは紅いドレスとチョコレート色のややヒールのある靴、金でブランド名が施されただけの小さくて黒い手提げバッグだけだ。
あのときは会計が終わり店から出るとき「お嬢さんにとてもお似合いですよ」と店員に親子と勘違いされ、二人きりの車の中でぼくたちは笑いあったのを覚えている。
「今日、ぼくたちはどういう風に見られていたと思う?」
「この服を買ったときは、貴明さんが私のお父さんに思われてましたよね」
「そうそう。あのときは顔が似てないから血が繋がってない親子にでも見られたんだろうなぁ。たぶん」
「私のお父さんは貴明さんみたいにかっこよくなんてないですよ」
ひとみちゃんはおかしそうに首と手をふって笑っていた。
じゃあ、ぼくたちはどういう関係なんだろうか。日頃からあまり考えないようにしているけど、今日の彼女を見ていると考えてしまう。付き合っているわけではないから恋人同士ではなく、友達と呼んでもいいのかもわからない年の差だ。
ただ、ここにもし金銭の授受があればどうだろう。世間的には邪な目で見られたり、テレビのニュース等で特集されたりするような関係だ。ご飯に行くときに僕がお金を出したり、ひとみちゃんにプレゼントをするだけでも、そういうものになってしまうのだろうか。
「私たちは、私たちですよ。どう見られてるかなんて、考えたら負けです」
「……そうだね」
「そうですよ!一緒にいたいから一緒にいるんです。だから、そんな顔しないでください」
可愛げな大きい瞳で見つめていたが、声にはどこか強さを感じた。ひとみちゃんは裏表がなく、そしていつもまっすぐだ。だからそばにいてほしい。彼女だってそれを望んでいると、以前僕に話してくれた。
ぼくたちは互いに、ただ一緒にいたいだけなんだ。なにひとつ、悪いことなんてしていない。
「ありがとう。その言葉だけでも、すごく救われる」
ぼくたちが待っているエレベーターが到着した。熟年の夫婦と思える二人が出ていくと、中には誰もいなかった。あたりにぼくたち以外の人もいない。さっきと同じ二人きりだ。
***
「貴明さんがお酒を飲まなかったのが意外でした。ソムリエの人とワインの話とかするのかな。って思ってたので」
「ワインは好きで家でも飲んだりするけど、今日はパス。だって君がまだお酒を飲めないからね」
「……ごめんなさい」
エレベーターに乗り、僕がボタンを押していると、ひとみちゃんが背中越しに謝ってきた。少しだけ飲みたいなという気持ちはあったけど、流石に彼女の前で僕一人だけお酒を楽しむ気にはなれなかった。
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