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日銀の緩和修正、新総裁登場でも簡単でない理由

[東京 4日] - 日銀が近いうちに金融緩和を修正するとの見方は少ない。それでも、消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比は既に2.8%まで高まっており、当面3%台に乗る可能性が現実味を帯びてきた。来年春に黒田東彦総裁が任期を終えた後に、新総裁を迎えた日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)やマイナス金利の撤廃または修正に動く、という見方は少なくない。



 日銀が近いうちに金融緩和を修正するとの見方は少ない。それでも、消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比は既に2.8%まで高まっており、当面3%台に乗る可能性が現実味を帯びてきた。門間一夫氏のコラム。写真は2016年9月、都内の日銀で撮影(2022年 ロイター/Toru Hanai)
<簡単でないCPI2%目標の達成>

実際には、事はそう簡単には運ばないだろう。その最大の理由は2%物価目標の達成が見込みにくいことである。これは「当面3%インフレも現実味がある」と述べたことと矛盾するように聞こえるかもしれない。

しかし、中央銀行が関心を持つのは「当面」の物価動向ではなく、中長期的な物価動向である。日銀の見通しによれば、2022年度こそコアCPIの上昇率は2%を上回るが、2023年度、2024年度は1%台前半に低下する。2023年度も2024年度も2%程度の見通しになるのでなければ、2%物価目標の達成が視野に入ってきたとは言えない。

この秋は幅広い商品の値上げラッシュとなっているが、日銀が見据える時間軸は「この秋」ではなく「何年も先」である。その「何年も先」まで2%インフレが続くかどうかを判断するうえで、最も重要なのは賃金の動向である。

現在、1人当たり賃金の上昇率は、ならせば1%台半ば程度に過ぎない。それが毎年3%上昇するぐらいにならなければ、2%物価目標とは整合的でない。

日銀幹部の最近の情報発信からも、日銀が賃金の動向を重視していることがわかる。その賃金のトレンドがはっきり上向く可能性があるとすれば、その時期は年度替わりのころである。日銀が今、期待を込めて注目しているのは来年の春闘のようだ。

逆に言えば、早くても来年の春までは、金融政策の変更につながる材料は出てこない。日銀が来春まで金融政策を変えないのは、黒田総裁の任期がそのころまでだからではなく、賃金のトレンドに関する意味のある判断がそのころまでできないからである。

では、来年の春以降、賃金の上昇率が3%程度に近づく可能性はどのくらいあるだろうか。過去、年度全体で賃金が最後に3%を超えたのは、バブル経済のピークから間もない1991年度であった。

来年の春に32年ぶりの「快挙」が一気に実現する確率は、ほぼゼロに近いように筆者には思える。高く見積もっても5%ぐらいであり、少なくとも投手がヒットを打つ確率よりは低そうだ。

<「2%物価目標ライト」はあるか>

では、たとえ2%物価目標が達成できなくても「総裁が替われば日銀の考え方も変わる」という可能性はあるだろうか。例えば、新しい総裁の下で「経済がまあまあ回復し物価も1%以上が続くようなら、それでよしとする」というような新基準の採用である。いわば、2%物価目標の「2%物価目標ライト」への変更である。

政治サイドに強い意思があればそういう変化は起こりうるだろう。例えば、政府が新総裁に「これまでの黒田総裁のやり方には問題も多いので、2%物価目標にはこだわらず政策の修正を前向きに検討してほしい」と、はっきりミッションを託すなら、間違いなく日銀はそう動くだろう。

アベノミクスの1本目の矢として日銀が異次元緩和に踏み切ったのも、安倍晋三元首相の強いリーダーシップがあったからである。

一方、政府が日銀の新総裁に対し「引き続き適切な金融政策を行ってほしい」という程度のインパクトの乏しいメッセージしか発しないとしたら、それを受けた日銀が現在の政策を変えるのは容易ではない。

仮に日銀が動き、その後で経済・物価や金融市場に何らかの望ましくない変化が起きた場合、それは日銀が「適切な」金融政策を行なったことにはならないからである。真の因果関係がどうであれ、中央銀行の行動とその後の経済情勢は、結び付けて解釈されるリスクが大きい。

今年は物価高や円安を巡り日銀への風当たりが強まっているが、黒田総裁の10年間全体を見れば、日銀に対する批判はそれ以前とは比べ物にならないほど少ない。政府と日銀の関係も一貫して概ね良好であった。来春以降の新総裁が誰であっても「黒田総裁の時は良かった」というふうに比べられることがないようにするだろう。

今の経済論壇には、異次元緩和が「日本をデフレではない状態に導いた」という広い認識がある。「そのレガシーを台無しにした」という批判を、たとえ誤解であっても招かないような政策運営が貫かれると考えられる。

日銀が「2%物価目標」を「2%物価目標ライト」に切り替えることがあるとすれば、2%物価目標に対する国民的な批判が強まり、それを政治が無視できなくなる場合に、ほぼ限られるのではないか。

そもそも金融政策は中長期的な視点を重視するものであり、総裁が替われば変わるという性格のものではない。黒田総裁が就任した際の「レジームチェンジ」は例外中の例外だった。あの記憶からの類推で「次も総裁が替われば政策が変わる」というイメージを持つのは誤りである。

<「枠組み修正」もタイミングは至難の業>

2%物価目標が達成されず、総裁が替わることで自動的に政策が変わるわけでもないとすると、最もありうるのは、あくまで「政策不変」という位置づけの下で、副作用を和らげるための「枠組み修正」である。

そのような「修正」は黒田総裁の下でも何度か行われてきた。最も大きかったのは、2016年に行われた「量的緩和からYCC」への枠組み修正である。

しかし、そのYCCも長く続けると弊害が大きくなる。超低金利の常態化により資金運用環境の厳しさがこのまま続けば、金融システムには累積的に負荷がかかっていく。今年の急激な円安は、YCCが為替変動を増幅するという問題点も明るみに出した。マイナス金利やYCCの撤廃・修正は、将来的には2%物価目標の成否にかかわらず、検討されうる政策メニューであろう。

ただ、多少なりとも金利の上昇につながる政策修正は、景気の下振れリスクが意識される局面では難しい。金利が少しでも上がった後に市場や経済の変調が起きれば、真の因果関係と関わりなく、日銀が批判されかねないというのは先ほど述べたとおりである。

一方、YCCの修正に踏み出した途端に長期金利が急上昇するという展開も困る。長期金利の上昇はやや長い目でみれば地域金融機関にとって朗報だが、短期間のうちに金利が急上昇すれば、保有債券の評価損が膨らんでしまう。

つまりYCCの修正・撤廃は、景気の下振れリスクが無視できない局面でもやりにくいし、景気が強くて長期金利に上昇圧力がかかる局面でもやりにくい。熱くもなく冷たくもない絶妙のタイミングを日銀は見極めなければならない。これはなかなかの「ナローパス」である。

足元でインフレが約30年ぶりの高まりを見せ、諸外国は軒並み本格的な利上げ局面に入っている。急速な円安に耐えかねて、政府は円買い介入にまで踏み切った。円安が嫌われれば嫌われるほど、日銀の政策に対する世間の疑問は強まる。黒田総裁の任期も意識される中で、異次元緩和に大きな節目が来るというイメージを、市場が今後ますます膨ませていくとしても不思議ではない。

しかし、日銀は現在の金融緩和をそう簡単に変えられるわけではないという現実も、冷静に認識しておきたい。

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