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【試し読み】ジェフリー・アーチャー『運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班』

 全英&全米No.1ベストセラー作家ジェフリー・アーチャーといえば、『ケインとアベル』『ロスノフスキ家の娘など数々の名作を生み出してきたイギリスの大ベストセラー作家。

 114カ国47言語で出版、累計発行部数2億7500万部突破などの偉業を果たし、御歳83歳の現在も年1~2冊のペースで新作を上梓、1976年のデビュー以来変わらず世界中のファンを魅了し続けています。

 今回お届けするのは、〈ウィリアム・ウォーウィック〉シリーズの最新作『運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班(原題:OVER MY DEAD BODY)』(戸田裕之 訳)。

 史上最年少で警部に昇任したロンドン警視庁の刑事ウィリアム・ウォーウィック豪華客船に乗り、束の間の休暇を妻と過ごすことに。ところが一族を引き連れた老大富豪が後継者争いの最中に船上で急死。ウィリアムは真相究明に乗り出します。
 一方、ウィリアムの留守を預かる同僚たちは5件の未解決殺人の再捜査を始動。まもなくウィリアムも合流し、敵対するギャング・グループの報復殺人事件を追いますが――。巨匠が放つ、至高の英国警察小説。どうぞお楽しみに。

『運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班』
ジェフリー・アーチャー [著]
戸田裕之 [訳]

巨匠アーチャーが放つ、英国警察小説。
スコットランドヤード警視総監への道を歩む刑事ウォーウィックが豪華客船の死体と未解決殺人の謎に迫る!
〈ウィリアム・ウォーウィック〉シリーズ第4話。 

1


「あなたは刑事ですか、サー?」
 ウィリアムはそう訊いてきた若者を見上げた。「いや、ケント州ショーハムにあるミッドランド銀行の副支配人だが?」
「それなら」若者がつづけた。納得していない顔だった。「今朝、為替市場が開いた時点でのドル─ポンドの為替レートはご存じですよね?」
 ウィリアムは昨日の夕方、乗船する直前に百ポンドをドルに換えたときに受け取った額を思い出そうとしたが、少し時間がかかりすぎた。
「一ポンド当たり一ドル五十四セントです」ウィリアムが答える前に若者が言った。「というわけで、お訊きするのを許してもらいたいのですが、サー、刑事であることを認めようとされなかった理由は何でしょう?」
 ウィリアムは読んでいた本を自分の前のテーブルに置き、やけに熱心に質問してくる若いアメリカ人を観察した。何としても子供扱いされまいとしているようだったが、まだ髭を剃る必要もないぐらいで、すぐさま〝プレッピー〟という言葉が頭に浮かんだ。
「秘密を守れるかな?」ウィリアムは小声で訊いた。
「もちろんです」いささか気を悪くしたような声が返ってきた。
「それなら、坐ってくれ」ウィリアムは自分の向かいの坐り心地のよさそうな椅子を指さし、若者が腰を落ち着けるのを待った。「いまは休暇中で、これから十日間は私が刑事だということをだれにも教えないと妻に約束しているんだ。刑事だとばれると必ず果てしない質問攻めにあうことになって、休暇が休暇でなくなってしまうのでね」
「でも、どうして銀行員を隠れ蓑にしたんですか?」若者が訊いた。「だって、スプレッドシートと貸借対照表(バランスシート)の違いもわからないんでしょ?」
「そのことについてはもちろん考えたよ、熟慮と言っていいぐらいだ。妻の意見も聞いて、その結果、銀行員で行くことした。私は六〇年代にイングランドのショーハムという小さな町で幼少期を過ごし、父が現地の銀行の副支配人と友だちだった。それで、二週間ぐらいなら銀行員に成りすましていられると結論したというわけだ」
「ほかにはどんな職業が最終候補に挙がっていたんですか? もちろん、多くはなかったんでしょうけど?」
「不動産屋、車のセールスマン、葬儀屋だ。どれも果てしない質問攻めにあう心配がほとんどないだろ?」
 若者が声を立てて笑った。
「きみならどんな仕事を隠れ蓑にする?」ウィリアムは主導権を取り返そうとして訊いた。
「殺し屋です。これなら質問攻めにあう心配は絶対にありませんからね」
「私ならすぐに隠れ蓑だと見抜いただろうな」ウィリアムはお話にならないというように手を振った。「だって、刑事かどうか訊いてくる殺し屋なんかいないはずだから、その時点で隠れ蓑だとばれてしまうに決まっている。それで、殺し屋でないとしたら、現実世界で何をしているのかな?」
「チョート校の最終学年にいます。コネティカット州にあるプレップ・スクールです」
「卒業したあとの進路はもう決めているのか? 依然として殺し屋志望でないとしての話だが?」
「ハーヴァード大学で歴史を勉強し、それからロウ・スクールへ行くつもりです」
「きっとそのあとは有名な法律事務所に就職して、あっという間にジュニア・パートナーになるんだろうな」
「違いますよ、サー。ぼくは法の執行者になりたいんです。一年間、『ロウ・レヴュー』で編集者をしてから、FBIに入ります」
「若いわりにはずいぶん精密な生活設計図を描いているじゃないか」
 若者が眉をひそめ、明らかに気を悪くした様子だったので、ウィリアムはすぐさま付け加えた。「実はきみの年頃の私もまったく同じだったんだよ。八歳のときには、刑事になってロンドン警視庁(スコツトランドヤード)へ上り詰めるんだと早くも決めていた」
「それにしちゃ、ずいぶん時間がかかりましたね」
 ウィリアムはこの聡明な若者に苦笑した。こいつ、〝生意気〟という言葉の意味を知らないはずはないが、自分がそうであることに気がついていないらしい。だが、おれだって若いころは間違いなくこいつと同じように生意気だったからな。そして、身を乗り出し、手を差し出して言った。「ウィリアム・ウォーウィック捜査警部だ」
「ジェイムズ・ブキャナンです」若者が差し出された手をしっかりと握って応えた。「失礼ですが、どうやってそんなに早く昇任できたんです? だって、六〇年代に八歳だったのなら、いまの年齢はせいぜい……」
「ハーヴァード大学が入学を認めてくれると確信できる根拠は何なんだ?」ウィリアムは質問をかわそうとして訊いた。「年齢だってまだ……」
「十七です」ジェイムズが答えた。「成績は平均四・八でクラスで一番だし、大学進学適性試験も合格する自信があります」そして、一拍置いて付け加えた。「それで、あなたですけど、もうスコットランドヤードというてっぺんに上り詰めているんですよね、警部?」
「ああ」ウィリアムは答えた。首席弁護人に訊問されるのはともかくとして、十代の若者に訊問されるのには慣れていなかったが、それでもこの若者とのやりとりは楽しかった。「しかし、そんなに頭がいいのなら、弁護士とか政治家になることをどうして考えなかったんだ?」
「アメリカでは弁護士なんて掃いて捨てるほどいて」ジェイムズが肩をすくめて答えた。「仕事を得るのに、大半は交通事故で出動した救急車を追っかけなくちゃなりません」
「政治家は?」
「ぼくは馬鹿をうまくあしらうのが下手なんです。有権者の気まぐれに付き合ったりもしたくないし、自分の考えをちっぽけなグループ討論なんかで規定されたくもありません。そんな人生はまっぴらです」
「そうは言っても、FBIの長官になるのなら……」
「ぼくはだれに支配されるつもりもありません。従うとすれば大統領だけですが、彼にだって常に本心を教えるとは限りません」
 ウィリアムは笑うしかなかった。こいつ、自信喪失という言葉とは絶対に無縁だろうな。
「それで、あなたは、サー」ジェイムズの口調から緊張が消えはじめた。「首都警察の警視総監になる運命なんですか?」ウィリアムはまたもや躊躇した。「可能性は絶対に考えておられますよね」答える間もなく、さらに質問が畳みかけられた。「もう一つ、訊いてもいいですか?」
「どう断わっても無駄なようだな」
「一流の刑事になるのに最も大事な資質は何でしょうか?」

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