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一生付き合っていくと決めた夏

切っても切れない関係の相手がいる。

死ぬまでずっと、付き合っていきたいと決めた相手だ。

この相手は、人間じゃない。

でも、私と相手の関係は人間関係に例えた方が、話として伝わりやすい。あえて「人」としてnoteに書いてみようと思った。


その人との関係は、今年で29年目になる。

名前を仮に「K」とする。

わたしはKと、生きてきた人生の、ほぼ全ての時間を共有してきた。親兄弟よりも、ずっと長く深く付き合ってきた。

初めてKと触れ合ったとき、わたしは三歳だった。物心ついてから、ずっと側にいた。

幼いころは、Kのことを頑固で厳しいやつだと思っていた。こちらの思い通りにならないし、厳しい。何度も泣かされたし、一緒に過ごすのが嫌になったこともある。

わたしが生まれた場所は、途方もない田舎。

隣の家が1キロ以上先にあるような山間部で、両親は共働き。友達は遊べる範囲に住んでいなくて、私の相手をしてくれるのは、Kだけだった。

頑固で厳しくても、私が根気強く付き合っていたら、仲良くしてくれた。こちらが楽しめば、その人も楽しく遊んでくれる。ボールを投げたら、必ず同じ強さで投げ返してくれるのがKだ。わたしが努力を惜しまなければ、Kも同じ力で返してくれる。

Kとの関係が深まっていったのは、15歳ごろから。

思春期の荒れ狂う女子に、Kはとても優しかった。二人きりで一日に何時間も過ごした。悲しいことも、怒りも、すべてKに吐き出して、ストレスをすべて受け止めてもらっていた。

中学3年のわたしは、進路には悩まなかった。

どこの高校に行くか、進路はどうするか。都会なら、努力と金があれば高校は選びたい放題かもしれない。

だけど、夢や目標なんて特に持ち合わせていない、田舎のガキだった。進路情報も都会へのあこがれも、何もない。結局、保育園から同じ顔触れの同級生と共に、地元の小さな高校へ進学。

田舎といっても、一応進学クラスだったから、高校一年から大学進学どうするか?文系理系どうするの?って話ばかりの、ストレスの多い高校だった。

なりたい職業なんて特に決まってない。憧れる大学もないな。でも、小さい頃から付き合ってきたKと、ずっとこのまま一緒に人生を歩みたい。

高校1年の夏、わたしは進路を決めた。

夏休みが始まった校内は静かで、セミの声がやたらと五月蠅かった。三者面談に集まった進路指導室にはエアコンが無く、暑くて汗が流れた。

進路指導の先生を前に、話しをした。将来の仕事、なりたい自分像、そんなものは何も思いつかなかったけれど、望む進路に向かうためには高1の夏がタイムリミットだった。

「好きなピアノをずっと続けたい」

そんな子どもっぽい理由を、わたしは進路指導の先生を前にして大真面目に話した。

Kはピアノだ。
KAWAIのピアノ。

あの夏、わたしは一生ピアノと付き合っていくと、決めた。

手帳と刺繍の楽しみ方について、あれこれ考えてます。楽しい時間をみなさんとシェアできる何かを、作っていきたいです!