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掌編小説「始まり」

「俺さ、ガールズを踊りたいんだよね」

 1回生の頃、たまたま大学寮で同じ大部屋になったコウキはそう言った。ガールズとは何だろうか。そう僕が尋ねると、動画を見せてきた。

 ガールズって言うのは、主に女性が踊るフェミニンなダンスらしい。僕はダンスをやったことがないのでわからないが、どうも他のジャンルとは違うようだ。

 コウキはこの動きが良いんだよ、といって真似していた。僕は「なんかクネクネしているね」としか言えなかった。僕にダンスのセンスは無いから仕方が無い。

 ウキウキとした表情で動画を見ている彼は正直変わっていた。背が高く、体格もしっかりしているが、顔は普通。
 特徴的なのは妙に女好きで、大学で女子に躊躇無く声を掛ける。まあ、一度も上手くいっているのを見たことは無いが、そういう人だった。

 彼は大きめのダンスサークルに所属していたが、最近どうもサークルの「みんなで頑張ろう!」的な雰囲気に馴染めないようだった。

「でも、サークルだと別のジャンル踊るんじゃないの?」

 僕は当然の質問をした。

「そう、そこなんだよ。ジャンルを固定すること自体が間違いだよな。なんでみんなで同じのを踊るんだ? つまらないじゃん」

「それもそうだね……」

 僕は曖昧に頷いた。

 寮の大部屋には他にもメンバーがいて、それなりに仲良くしていた。寮に入れたのは一年間だけだったが、僕はその中でも同じような性質を持つ二人と特に仲良くなった。

 コタロウとユウト、彼らにはどちらも熱中するものがあった。

 片方は文学で、もう片方は奇しくもダンスだった。二人は自分の愛するものに対して、非常に真面目だった。
 特にダンス、中でもブレイクダンスに熱中していたユウトはほぼ毎日、大学の体育館の端っこで練習をしていた。
 インドアだった僕は彼が「ちょっと練習行ってくるわ!」といって飛び出すのを少し羨ましく見ていた。

 そんなユウトは僕と仲が良かったが、何故かコウキとはあまり仲が良くなかった。

「何で一緒に踊らないんだい?」

 僕はあるとき尋ねた。

「うーん、何というか、好みが合わないんだよな。でも、時々一緒に踊ってるよ?」

 そう言ってユウトは曖昧に笑った。

「そうなんだ」

 僕も笑った。しかし、謎は深まるばかりだった。

 もう一人の友人コタロウは文学、特に小説や詩を好んでいた。いつも家に籠もって書籍を読んでいた彼は、驚くことにコミュニケーション能力が高かった。
 サークルにも所属していたし、外に出るのをためらわない人だった。見た目からは想像できないアクティブさだ。ほんの少し僕にも分けて欲しいくらいだった。

「よくそんなに本を読んでいられるね。趣味なの?」

 僕は彼が熱中するそれらがよくわからなかった。いつも机に齧り付いて、ノートに何かを記す。凄い探究心だ。

「趣味というか……僕にとってはこれが普通なんだ。好きだからやってるだけ」

 この言葉を聞いたとき、僕は本当に驚いた。彼には熱中するもの、それも生活に、人生に刻み込まれた生きがいがあるのだ。

『お前はどうだ?』

 と言われている気がした。

 大学ではあまり人と関わるほうでは無かった僕は、正直言って大学在学中に何かを見つけることはできなかった。
 その何かっていうのは、彼らのような熱中できる何かだ。

 僕は大学生活終盤、何か得体の知れない焦りと闘いながら日々を過ごしていた。そんな時、一本のメッセージがスマートフォンに入った。

『ちょっと会わない?』

 コウキからだった。

 久しぶりに会う彼は随分とお洒落になっていた。僕は不思議に思って、彼に尋ねた。

「まだダンスはしているの?」

 彼は苦笑いをして、首を振った。

「もう辞めたよ。今はファッションの勉強してる」

「それで服がお洒落なんだね」

「お、さんきゅ。決まってるだろ?」

 彼は少し誇るように胸を張った。

「それで、話したいことがあったんじゃない?」

「ああ、そうだ。最近就活どう?」

「あ~」

 僕は口ごもった。僕はまだ何も見つけてないから、就活なんてする余裕は無かった。

「あんまりかな。ほとんどしてないよ」

 濁した言葉を聞いてコウキは頷いた。

「そっか、俺もなんだよ」

 そう言って彼は近況を語った。

 最近はファッション関係の大物の弟子として、無給で仕事を手伝っているらしい。しっかり手伝いをして勉強を続けていれば、最終的には業界に伝手を使って入れてもらえるとか。だからあまり就活もしていないらしい。

「なんか凄いね」

 僕は純粋にそう言った。

「いや、そうでもないよ。一応、建築業界を目指して就活もしてるしな」

「へぇ、いいんじゃない?」

 しっかりと保険も用意しているのは素晴らしいことだ。仕事についてさえしまえば、大抵は安泰なのだから。

 でも僕は少し気に入らなかった。

 脳裏に写るのは二人の親友だ。コタロウは大学院を目指していて、ユウトは僕と同じように就活はしていない。コタロウは純粋に凄いし、ユウトは僕と同じだけど、何か信念を持っていた。

 信念を持って道から外れる。いわば就活という王道からだ。それは凄いことなのではないか。

 それに比べて僕とコウキは曖昧だ。とても中途半端で、言ってしまえば『面白くない』。

 そう、つまらないのだ。道から外れて独自の道を行こうとしているのに、保険を用意している。それじゃあ、『つまらない』。

 つまらない……? そうか、僕は何か面白いことがしたいのか。王道から外れた、ちょっと変わった独自の道。
 僕はどうやら自らレールを外れたいと考えていたようだった。僕は静かな驚きを持って、本当の自分を迎える。

「それじゃ、また会おうな。今度は食事でも行こうや」

 コウキと別れた。彼の背中は来たときは堂々としているように見えたのに、今は少し小さく見えた。

 僕は自分の手の平を見つめた。
 大衆に迎合する。みんなと同じ道を行く。レールから外れない。そんなのはもうやめだ。そんなのは『つまらない』。

 僕は僕だ。周りを気にするのは終わり。レールはすでに壊された。後は、動くだけ。

 僕は乗ってきた原付に跨がり、エンジンを吹かした。さあ、行こう。これが始まりだ。

 僕は少し息をついてから、ゆっくりとアクセルを回した。

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