子どもみたいな、大人の夏休み

この間の週末、とてもいい日を過ごせた。海外から友達が出張で日本に来ていて、久しぶりに会えることになったのだ。その友達の友達、そのまた友達も集まって、みんなでちょっとだけ遠出をしてきた。

大人になると、こういう時の「はじめまして」をすんなりと楽しめる。下の名前と、どんなつながりの友達かだけ紹介し合って、あとは適当に後から話していく。大好きな友達の友達とそのまた友達は、やっぱり素敵な人ばかりだった。

やりたいことがいくつか決まっていたから、次の予定を気にして適度にみんなをせかしてくれる人、自由に楽しんでいて、見ているだけでこっちもニコニコしてしまうような人、さりげない気配りを随所で見せてくれる人、昔からの友達だったっけ?と錯覚してしまうくらい物腰が柔らかくて自然に話せる人。

本当にみんな性格はバラバラ。でも初めて会う人どうしでも、「その場を楽しむ」という目的をみんなが忠実に実行しているから、それぞれが自由でありながら、すごくすごく居心地がよかった。何となく、海外の旅先で過ごしているような気分だった。

電車に乗って、たくさん歩いて、バスにも揺られて。笑って、写真を撮って、汗を拭いて。海を見て、緑に分け入って、白い犬に触れて。

帰り際、子どもみたいに笑顔で手を振って別れた。楽しかったね、ありがとう、元気でね、またいつか会いたいね、の気持ちを込めて。手を振り合う行為は明るい祈りのようだけど、いつもほんの少しだけ切なくなる。その瞬間、自分がもう子どもじゃなくて大人なんだということを思い知らされるからかもしれない。

その日は家に帰ってきてからもずっと、みんなの笑顔やあっという間に過ぎ去った時間の断片が辺りにふわっと香っていた。きらめきが消えないうちに、この夏の日の思い出を心の中にしまいこむ。

中学校や高校ではどうしてもグループがくっきり形成されてしまい、違うグループの子と遊んだりする機会はほぼなかった。

でも大人になったら、はじめましての人とでも普通に適度な距離感を探りながら心地よくその場を楽しめる。

大人になるって、やっぱりいいな。その日、帰ってきてから仕事が待っているのだけが唯一残念なところだったけど…でも、仕事漬けの日々から思い切って飛び出して、時間を作って遊んできてよかった。日ざしを浴びて、たくさん笑って、ぐんぐん歩いて。本当にいい「大人の夏休み」だった。

「平成最後の夏」という言葉には、私はあまりエモさみたいなものを感じない。だって、夏はまた必ず来るから。「夏」という言葉には、どうしても「最後の」という形容詞が似合わない気がするのだ。「平成最後」だろうが何だろうが、「夏」という言葉にはそんなワードじゃ勝てないほど強烈な勢いがある。

「夏休み」だって、また何回でも訪れる。大人になっても、自分から夏を迎えに行けば、誰でも味わうことができるのだ。この日みたいに心から純粋に楽しめる夏休みを、これからもたくさん作っていこう。

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はるのひ

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