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【二度目の春】

二周間ほど前に花瓶に生けた花が、しょんぼりと萎れはじめた。元気をなくした子にお礼を伝え、まだ元気が残っている子を短くカットし、プリンの空き瓶に生け直した。黄色とグリーンの小菊が、喜んで水を吸っている。顔を上げて、にこにこと笑っている。

離婚前に住んでいた家には、庭があった。息子たちと一緒に植えたハーブや多年草が元気に新芽を出す春を、毎年楽しみにしていた。あの子たちは、今でも元気でいるだろうか。セージも、ワイルドストロベリーも、タイムも、チョコレートコスモスも、フレンチラベンダーも。枯れないよう、ちゃんと手をかけてもらえているだろうか。

今のアパートには、庭がない。でも、切り花の小菊と、ふたつの鉢植え――多肉植物とシルクジャスミンが、我が家のリビングで静かに命を燃やしている。以前の庭に比べると、あまりに小さいグリーンスペース。それでも、私は案外と満たされている。

◇◇◇

足りないものを数えていると、心が枯れてしまう。先日、思いがけず枯れそうになっていることに気づき、手元にあるものを慌てて数え直した。手持ちの数は、人によって違う。100の人もいれば、10の人もいる。ただし、ゼロの人はいない。何かしらを持っているから、私たちは生きている。

数え直し、安堵した。私のなかにも大事なものはしっかりと根付いていて、月の光にように、ただ静かにそこにあった。数はさほど多くない。でも、それぐらいが私には丁度いい。不器用な私は、多すぎるものを簡単に取りこぼしてしまう。

枯れて舞い散る花びらは、土に染み込み養分となる。でも、人の心はそうはいかない。ときに強い意志を持って養分にする人もいるけれど、そうできる傷口ばかりじゃないし、そうできる人ばかりでもない。だから、心は枯らさないほうがいい。

もう、枯らさない。ちゃんと自分に水を与える。そう決めて、私はあの庭付きの家を、私を枯らすすべてのものを、一年前に捨てたのだ。

◇◇◇

朝も夜も凛と咲き続ける小花は、潔く美しい。清涼な香りが、ふわりと狭い室内を満たす。洗われた空気を吸い込み、ゆっくりと息を吐きだした。くすぐられた花びらがかすかに揺れ、置いてきた最愛の笑顔が、黄色の花房と重なった。

今年の春は、ハーブの苗をベランダで育てよう。爽やかな香りを愛でて、深く呼吸をしよう。心を満たす時間を増やし、水と光と風を与える。きちんと手間と時間をかければ、すくすくと、すこやかに、お日さまに向かって手を伸ばせる日が、きっと訪れる。

もうすぐ、春がくる。新芽が顔を出す、色鮮やかな春。この家で迎える、二度目の春だ。


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