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【小説】満月の夜に君は

別れの言葉

顔を見たこともない男の元に嫁ぐことを、不条理だと思ったことはなかった。

戦国の世において、結婚はただの恋愛ではありえない。それは立派な外交戦略であって、女には高度な外交感覚が要求される。それが難しい相手なら尚更のこと。

一年前までドンパチやってた家に嫁ぐのは、私にとっては誉れだった。自由な恋愛なぞが許されて、無難な家に嫁ぐのは、ある意味能力を軽く見られたに等しい屈辱だ。

母も侍女も自棄に湿っぽいが、私はこの結婚を必ず成功させてみせるという意気込みに溢れていた。

「父上、これでお別れです」

「行って参る、とは言わないのだな」

「帰ってきてはお家の恥でございましょう。私は誇り高く、かの家の者として死にます」

それでこそ我が娘、と父は言った。そのまぶたが震えたのを私は不思議そうに見返した。

待ち人

想い人が、行ってしまう。我が手の遠く及ばぬところへ。時世が憎い。お家が憎い。何もかもが憎い。

そして、一番憎いのは想い人その人だった。

あの方は自分の思いに気づいている。なんてことはない。私が自分の口で申し上げたのだ。貴女をお慕いしている、と。

あの方は嬉しそうにころころと笑って、しかし私の思いを気の迷いと切り捨てた。

『わかりますわ、その想い。けれど、私たちにとってお家に役立つのが魂に刻まれた本懐なのです。貴方も直に、私への想いが真実ではないことに気づくはずです』

真実なのだ! 貴女への想いはこうも燃え上がっているのに!

主への忠誠がなんだ。本懐がなんだ。私の魂は、貴女こそを求めている。末代まで後ろ指を指されるほどの、大罪を躊躇しないほどに。

松の木に火を移した。消えにくいこの火は、私の心のように貴女を焼き尽くすだろう。

「地獄で、お待ち申し上げます」

赤く、燃える

満月でもないのに夜空が明るいとは思っていた。

今し方出てきたばかりの城が燃えていると、侍女が輿の外から告げる。

「城は燃えてはおりませぬ」

「姫さま、しかし確かに赤々と燃えておりまする」

「峰、よく聞きなさい」

私は若干の失望とともに、自分より年上の侍女に語りかける。

「我々にとっての城はこれから進む方向に現れるのです。背にあるのは城ではありませぬ」

峰はなにか言いたげに息を洩らし、しかし何も言わぬままに引き下がる。

「進みなさい。振り返ることは許しません」

私は号令をかけた。


『私の手からは逃れられませんよ、姫君』

「ひっ……!」

『私は必ず、姫を我がものにしてみせます』


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