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【小説】Coffeeの苦い味

 正直に言って、コーヒーを飲んでも目は覚めない。この国の僧侶は茶を眠気覚ましに飲むのだが、異国の魔法使いはコーヒーというものを飲むそうだ。
 この国が異国との交流を始めたのはごく最近のことだ。しかし、すっかり異国の文化を取り入れコーヒーというものも市井に浸透した。
「なあ……このカヒーとかいうの苦いわりに旨くねえよな」
「コーヒー、な」
 修行僧の時代からの付き合いの、マコトがそう言ってきた。こいつはガサツで表情を隠そうともしないから、お偉方と話をしなければならない上僧にはなれずに僧兵を長くやっている。というか、僧兵は上僧になる前段階みたいなもので、何年か経ったら上僧に入れるものなのだが、こいつはかれこれ二十年も僧兵にいる。――お陰で舞沙寺の戦闘スキルがあがってしょうがないらしい。戦闘なんてここ百年ないのに。
 私はというと、有職故実を学び、国王からの要望があればすぐに祭りを執り行えるよう準備する役人のようなものだ。そして時折、呪術で秘密裏に作戦を行うこともある。
 戦闘がこの国で長く行われないのは、それぞれの権力者の支配下にある寺社が呪術で争いを行っているならだ。だから、剣だの槍だのという兵は役に立たず、運動をするだけの落ちこぼれの園になっていた。マコトが無駄に長く居座り、舞沙寺の僧兵だけえらく組織され強くなったのだが、それはこの寺だけの異常事態であって……。
 上僧は裏では呪術僧とも言われ、僧兵が強くなると呪術僧としては自分の呪術が強くないと言われているようで面白くない。舞沙寺でマコトの地位は危ういが、私の友人ということで面目が保たれている状態だった。

 国王から命が下りた。呪術僧の覇気が高まる。国王直属の寺である舞沙寺の、威信をかけた戦いだった。実は、国王は権力を失い、直接支配下においている寺社は舞沙寺しかなかった。
 国王は秘密裏に異国の魔法使いを招聘し、共に戦えるよう呪術僧と訓練をさせたりした。呪術僧も魔法使いも、お互いの国の言葉を覚え、陣を覚え、連携は確実だった。
 どうせ僧兵の出る番はないし、死ぬかもしれない戦場にマコトを連れていきたくはなかった。なのに、マコトは執拗に私たちに付いていくと言い張った。
「なんでだよ! その無駄に強い配下の軍勢で俺たちの育った寺を守ってくれよ」
 いつも笑いあって、孤児同士支え合って生きてきたマコトが、信じられないものを見るような目で私を見た。
「お前まで無駄だって言うのかよ……! デカい大人も二人して助け合って倒したろ!? 力が俺たちを救ってくれたんだ。お前こそ、そんなよくわからない変な文字を書いて気持ち悪い! そんなんで大切な人を救えるわけない!」
 どうしようもなかった。死地に向かうというときに、コイツとだけは争いたくなかった。これが今生の別れかもしれないのに、お互いの絶対に譲れない過去を持ち出してしまった。友情はいとも簡単に決裂し、私たちはその後、出立の準備の最中も、ずっと目も合わせやしなかった。

 決戦の日がきた。私たちは戦うのだ。全国の寺社が結託した、強大な呪術を解き、反撃の陣を組まなければいけない。手に汗が滲む。圧倒的に私たちは不利な闘いだ。――それでも、負けるわけにはいかない。例え、防御結界が破られ腕に血が滲もうとも。
 背に冷や汗がしたたり落ちた。いよいよ負けるのか? 所詮孤児にすぎない我々は、負ければ、捕虜の扱いすらされずに殺される。あいつもまた、敵になぶられて殺される。この国では僧侶は奴隷以下なのだ。

 ビュン

 弓が震え、矢が空を切る音が聞こえた。その音は呪術の鍛錬のみに明け暮れる敵にはわからない。敵将が馬から落ちるのが見えた。信じられないことに、我々は勝利した。
 えらく苦いコーヒーのような再会を経て、私たちはまた舞沙寺に戻った。

 何も変わらぬ日常がまた戻ってきた。

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