歌い手冥利

聞かれないということ。

なぜなら、聞かれないということは、単に自分の話を聞かれていないだけでなく、話している自分の存在そのものを否定されたこととして認識されるからです。

昨日、タイムラインに流れてきたこの記事の中の一文。

全くそうだ、と思った。

そして、人間関係のトラブルは、

「聞いてもらえない」
「こっちこそ聞いてもらえない」
「聞けよ!」
「そっちこそ聞けよ!」

の応酬でできているのだな、と思った。

だれ

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ここではないどこかへ。

昨日の『歌い手冥利』で唄ってくれた歌を、ご本人の許可をいただいて、先程アップした。

先に二曲唄って、これが三曲目。
伴奏を練習していたので、ちょっとしたセッションのつもりで参加したら、歌の力に惹き込まれるようにして、どんどん夢中になっていって、

なんだかすごいところまで行った。

あったかくて丸いなにかに、大きく包み込まれている、みたいな。

指と指を合わせて、その触れについていく「影舞」でも

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昨日、7月31日の『歌い手冥利』で唄ってくださった歌。
ぼくは後ろでちいさく伴奏しています。

途中、伴奏に夢中になって、我を忘れて、ぼくはここではないどこかに行きました。

なにかあったかくて丸い空間に、すっぽりと包みこまれたみたいな。

演奏が終わって、彩乃さんが「すごい!」と叫んでいますが、その感覚、ぼくもよくわかる。なんだか本当にすごかった。

あれが「音楽」だったのかもしれない。

奇跡の七月。

今日で、七月が終わる。

すごい一ヶ月だった。

まず、はじまってすぐの七月二日には、奥さんがくにちゃん(橋本久仁彦さん)を名古屋に呼んだ。

そう言えば、二十一日に石切に行ったときにもそうだったけど、

くにちゃんの場を経験すると、しばらく生きているのがいやになる。

先の記事の中にある『マンタ』という曲も、昨日つくったこれも

なんにもしたくない、ただ漂っていたい、と言っている。

その人が存

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この素晴らしき世界。

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself

what a wonderful world

「歌えない」と思っていたところから「歌える」人生の扉をひらく『歌い手冥利』。

今日来てくれた方が、最後に歌ってくださったのが、この『What a wonderfu

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歌うでしかし。

泣きたくなることも あるでしょう
それぐらい 本気で生きてたら
そういうとき ぼくはこうするよ
ララララ ラララララララ

ドーナツ屋の 角をまがって
きみのことを もっと知りたいな
ぼくのことを 愛してるんでしょう?
ナーナナ ラララララララ

唐突だけど むかし話
まあまあ いい感じ
そういう時を 積みかさねて
育まれる愛、かな

うたおう こころに
強靭な野草を
二人きりの ちいさな部屋に

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きくことと、うたうこと。

今日、二つのワークショップの告知をして、いま、もう一つの仕事の案内ページをつくっている。ゴールデンウィーク後半、働いてます。

気づくとずいぶんな数になってきたので、ここで整理してみることにした。

僕の仕事は(あとから気づいたことだが)大きく「きくこと」と「うたうこと」に分かれている。

きくこと。

人の話をよくよく、せめてもう一言だけでもきくことは、相手の印象を変え、相手との関係を変え、ひい

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