見出し画像

『夜のピクニック』を久しぶりに読んだ

 恩田陸さんの『夜のピクニック』、通称夜ピクのいいところを書き尽くすのは難しい。

 名言、名台詞、名描写のなんと多いことだろう。「晴天というのは不思議なものだ」という書き出しも、「時間の感覚というのは、本当に不思議だ」から始まる一文も。話の筋や会話の面白さも、風景や心象の描写も。

 名作中の名作で、映画にもなっている。いまさらあらすじを説明する必要もない気がするが、夜ピクを読んだことがない人のために一応書いておく。

 高校生が修学旅行の代わりの行事として、1日かけて80kmもの道のりを歩くお話だ。

 1日かけて、というのは、文字通りの1日である。朝から夕方までではない。朝出発し、休憩や仮眠を挟んで翌日の朝までかけて歩き通すことになる。

 ただ歩くだけなのだが、友人の思わぬ一面をみたり、まだ話したことのない同じクラスの中にいる異母きょうだいと話そうとしたり、分かりやすい青春を探す人がいたりする。

 読んだのはいつぶりだろう。今に至るまで、一番読んだ回数が多い小説だと思う。

 夜ピクとの出会いは、当時大学生だった兄の勧めだった。高校受験が終わった後、「高校生になる前に読んでおくといいよ」と勧めてくれた。受験が終わっていた気楽さもあったのだと思うが、一晩で読んでしまった。一晩中ベッドの上で読んでいただけなのだが、登場人物と一緒に歩行祭を歩き切ったような気持ちだった。

 ページをめくり物語を追いながら、僕は彼ら彼女らと一緒に歩いているし、勝手に考え事をしている。

 なぜ、「あとで振り返ると一瞬なのに、その時はこんなにも長い」のだろう。「なぜ振り返った時には一瞬なのだろう。あの歳月が、本当に同じ一分一秒毎に、全て連続していたなんて、どうして信じられるのだろう」。

 学生生活を終え、社会に出て働き、家族を持つようになって、この感覚がわかるようになった。学生の頃も美しい文章だなと思っていたが、日々仕事に向き合い、週末を迎えるごとにほっと息をつき、気がつけば盆正月で双方の親と会う、そんな繰り返しの中に生きていると、あの学生時代が今と同じ直線の上に存在していたことが信じられなくなる瞬間がある。毎日のように遊んでいた地元の友人とも、汗を流した部活の仲間とも、多くの時間を過ごしたサークルのメンバーとも、滅多に会うことはない。

 歩行祭を見届けたあと、僕は現実に帰ってくる。しかし、読み始める前と同じ場所に帰ってくるのではない。映画館で素敵な映画を観た後のように、長い旅から帰ってくるように、行きと帰りで違う自分になっているのだ。昔を思い出し、今の自分を考え、ふとこの先のことに想いを馳せる。

 久しぶりに『夜のピクニック』を読めてよかった。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?