隈鳥八朔

エッセイや小説を書いている会社員です。好きな本や映画、観に行った展覧会のことも書きます。

隈鳥八朔

エッセイや小説を書いている会社員です。好きな本や映画、観に行った展覧会のことも書きます。

最近の記事

テーマを持つということーー「モネ 連作の情景」をみて

中学を卒業するとき、「これだけは絶対忘れるなよ」と3つのことを話してくれた先生がいた。 一つ、労働組合のある会社に入ること。 二つ、謝って済むことならとりあえず頭を下げておくこと。 三つ、定点観測の視点を持つこと。 9年間の義務教育に終わりを告げるにしては、あまりにも現実に即した教えだったなあと思う。 一つ目と二つ目は大学を出て就職活動をし、会社勤めをする中でとても役に立ったが、15歳にはあまり響かないものだった。 しかし、三つ目についてはなんとなく頭の中に引っかかって

    • その歌もまた、紫式部の詠んだものであるということ

      大河ドラマ『光る君へ』が最近の毎週の楽しみだ。 映像作品ならではの場面。 絢爛な衣装、セット、視覚効果。 豪華な俳優陣の演技は仰々しさがなく、物語への没頭を邪魔しない。 大河ドラマ『光る君へ』では、『源氏物語』の作者である紫式部の生涯を描く。『源氏物語』の映像化ではなく、あくまで作者に光を当てたものだ。 『源氏物語』とオーバーラップするようなシーンもあるだろう。 しかし、物語はあくまで紫式部が主人公である。 宮中における清少納言とのやりとりや、藤原道長との関係がどのよ

      • 君たちはパスタの茹で汁に塩を入れるか

        創作に出てくるパスタといえば。 村上春樹の小説を思い浮かべる人が多いのではないか。個人的に印象深いのは『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭である。異論は認める。 もちろんねじまき鳥以外にもパスタを茹でるシーンが出てくる創作物はたくさんある。 しかしである。ちょっと気がついてしまったことがある。 パスタの茹で汁に塩を入れているシーンというのはなかなか描写されない。 もしかすると、世の中ではパスタの茹で汁に塩を入れない人が多数派なのだろうか? 不安に駆られた私は、すぐさまGo

        • 本棚を整理して思うこと

          ちょっと前のことになるが、引っ越しをした。 部屋が広くなったので、本棚を新しく買うことにした。 棚から溢れ、積まれていた本にも居場所を与えたい。そう思って購入した本棚だが、積まれていた本で埋まってしまうとなんだかなあという気持ちになる。 これから買う本をどこへしまえばいいのか。 本を買えば、本の数が増える。 本棚がいっぱいになれば、新しく購入した本をしまえないので、溢れた分はそこかしこに積まれることになる。 では新しく本棚を買えばいいではないかとなるのだが、部屋の

        テーマを持つということーー「モネ 連作の情景」をみて

          劇場版『あぶない刑事』、あぶないどころじゃなかった

          NetFlixで劇場版『あぶない刑事』を見つけた。 劇場版シリーズの第1作である。劇場公開は1987年。来年には8年ぶりの新作が公開されるらしい。 1987年となると、生まれる前の作品である。当然、テレビドラマの放送にも間に合っていない。これまで再放送を見たこともなく、舘ひろしがカッコ良さそうというイメージしかない。正直にいうと、『太陽にほえろ』とごっちゃになっている部分すらある。 それでもまあ有名なシリーズだし、全部で100分くらいだしと思い観てみたら驚いた。もう、拳銃

          劇場版『あぶない刑事』、あぶないどころじゃなかった

          ロンドンへ行くために香港へいったことのある人の話

          ロンドンに行くのに、日本から行くよりも、香港から日本経由で行く方が安かった時代がある。香港返還前の話である。 僕の父も、香港発、日本経由でロンドンに行ったことのある人間である。結婚後のことだが、ロンドンからちょっと離れた街に友人が住んでおり、友人と渡英したのだそう。その反動か分からないが、母は最近父を置いて伯母とよく旅行に出かけている。人生、どこかでバランスがとれているものだなと思う。 香港にちなんで、紹介したい本がある。 星野博美さんの『転がる香港に苔は生えない』(文

          ロンドンへ行くために香港へいったことのある人の話

          『星のカービィ スーパーデラックス』と消えたデータ

          今のビデオゲームでは考えられないくらいに、昔のゲームというのは簡単にデータが飛んだ。すぐデータが消えるものとそうでないものがあり、個人的な印象としては、ゲームボーイのカセットはタフなのだが、スーパーファミコンのデータは圧倒的に消えやすかった。 動画配信もSNSも、そもそもスマートフォンもタブレットもあるこの時代に生まれた子どもが親からどのようなルールを強いられているのかは知らないが、僕が小学生くらいの頃(もう20年以上も前のことになる)は週に1時間までなどのルールがある家庭

          『星のカービィ スーパーデラックス』と消えたデータ

          コーヒーを淹れる時のこだわりと『かもめ食堂』

          「コピルアック」というおまじないがある。 ドリップコーヒーを美味しく淹れるおまじないだ。豆をだいたい平らにならした後、中央を指で軽く押し、小さな窪みを作りながら「コピルアック」と唱える。 もう10年くらいは、このおまじないを欠かさないようにしている。 コーヒーにちょっと詳しい方であればご存知だろうが、「コピ・ルアク」という高級なコーヒー豆がある。コーヒーの果実を食べたジャコウネコの糞から、未消化のコーヒー豆を取り出し焙煎してつくられる。何やらジャコウネコの腸内で発酵され

          コーヒーを淹れる時のこだわりと『かもめ食堂』

          『幽玄F』青の向こうの景色

          白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ この本を読んだ人からは「ただようじゃないだろ……」と突っ込まれてしまうと思うが、ふとこの歌が浮かんだ。皆さんご存知の通り、牧水の一首である。 空を飛びたいというのは人類のロマンだ。そして、それは飛行機という技術で解決されている。 僕たちは、その気になれば空を飛び、海の向こうに広がる世界へビュンと行くことができる。 鳥が空を飛ぶのを見て、自由でいいなあと感じたことがない人はいるだろうか。青い空を背景に、自由に、気の向

          『幽玄F』青の向こうの景色

          目玉焼きがうまく焼けない

           タイトルの通り、目玉焼きがうまく焼けない。  最近、立て続けに失敗している。今朝は卵を2つ使って作ったが、お皿に移し替えるときに片方の黄身が崩れた。幸いトーストがお皿で待ち構えていたので損失は出なかったが、失敗は失敗である。  目玉焼きの失敗には種類がある。殻が入ってしまう、君を崩してしまう、火を入れすぎて半熟ではなくなってしまう。失敗パターンは様々だ。  僕が一番気になる失敗は、薄くびろーんと広がってしまうことだ。それも、均等にではなく、砂場から流れ出す水のようなや

          目玉焼きがうまく焼けない

          『夜のピクニック』を久しぶりに読んだ

           恩田陸さんの『夜のピクニック』、通称夜ピクのいいところを書き尽くすのは難しい。  名言、名台詞、名描写のなんと多いことだろう。「晴天というのは不思議なものだ」という書き出しも、「時間の感覚というのは、本当に不思議だ」から始まる一文も。話の筋や会話の面白さも、風景や心象の描写も。  名作中の名作で、映画にもなっている。いまさらあらすじを説明する必要もない気がするが、夜ピクを読んだことがない人のために一応書いておく。  高校生が修学旅行の代わりの行事として、1日かけて80

          『夜のピクニック』を久しぶりに読んだ

          『ラヂオの時間』と『ギャラクシー街道』

           三谷幸喜さんの映画が好きだ。  初めて観た三谷さんの作品は、確か『ザ・マジックアワー』だったと思う。高校の同級生が教えてくれた。近所のツタヤで借りて、観て、感動した。あまり邦画を観ていなかったのだが、こんなに面白い映画もあるんだと初めて知った。  それからは、ツタヤに置いてある三谷さんの映画を片っ端から借りた。『ラヂオの時間』では笑い転げた。「ラジオっていうのは自由なんだよ」というセリフに痺れもした。映画やテレビドラマで宇宙を表現しようとしたら大変だ、でもラジオだったら

          『ラヂオの時間』と『ギャラクシー街道』

          もういけない店、もう会えない人「#1 うちの串は、塩で食べて」

          もうなくなってしまったお店についての思い出をまとめた本を読んだことがある。色々な著名人や作家の文章をまとめたもので、『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』というタイトルだった。 最近ふと思い出すお店があって、その本のことも思いだした。 ご飯を食べたいと思っている時、入ったお店が一枚板で奥行きと幅が広すぎるカウンターテーブルのタイプだと、「ああ、失敗したかな」と不安になる。 高校三年生の時、受験で初めて一人でホテルに泊まりどこで夕食を食べようかとなれな

          もういけない店、もう会えない人「#1 うちの串は、塩で食べて」