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『ラヂオの時間』と『ギャラクシー街道』

 三谷幸喜さんの映画が好きだ。

 初めて観た三谷さんの作品は、確か『ザ・マジックアワー』だったと思う。高校の同級生が教えてくれた。近所のツタヤで借りて、観て、感動した。あまり邦画を観ていなかったのだが、こんなに面白い映画もあるんだと初めて知った。

 それからは、ツタヤに置いてある三谷さんの映画を片っ端から借りた。『ラヂオの時間』では笑い転げた。「ラジオっていうのは自由なんだよ」というセリフに痺れもした。映画やテレビドラマで宇宙を表現しようとしたら大変だ、でもラジオだったら「ここは宇宙」といえばいいんだ、といったセリフがとても好きだ(好きな割に、正確に覚えていなくて申し訳ない)。
 文章もそうだと思う。ここは宇宙と書けば、そういう設定になる。映像はそうはいかない。

 想像力とは、かくも自由なものなのかと感動した。

 『ステキな金縛り』は初めて劇場で観た三谷さんの作品だ。高校のテスト期間で、たまたま週末を挟む日程だった。午前中でテストが終わり、翌日の勉強も今日はいいだろう、週末でやればいいだろうと、とても気楽な日だった。
 実家から自転車で20分くらいのところに、大きめのショッピングモールがあり、そこにシネコンが併設されていた。金曜日の15時くらいからの回だったのだが、スーツを着た人もちらほらいた。意外だった。
 映画を観ながら、笑いどころで他のお客さんも声を出して笑い、ああ、面白かったら笑っていいんだなと知った。とても幸せな体験だった。三谷さんの映画がもっと好きになった。

 『清洲会議』は劇場で観ることができなかったのだが、大学生の頃、三谷さんの新作『ギャラクシー街道』が近所の映画館で上映されることを知った。地元を離れて進学し、一人暮らしをしていたのだが、近所の映画館は大型の話題作よりも海外のドキュメンタリーがよく上映されているいわゆるミニシアター系だった。大きなシネコンではないのに、普段上映されているラインナップと毛色が違う気がするのに、三谷さんの新作は上映されるのだと思うと、とても嬉しかった。

 大学生という気軽な身分、そして近所ということもあり、レイトショーに行った。確か封切りの日だったと思う。三谷さんの新作だから混んでいるだろうけど、まあレイトショーなら大丈夫だろうと見込んでいた。座れないことはないだろうと。
 確か70人ぐらいが入ることのできる劇場だった。1番に劇場に入り、ワクワクしながら他の映画の予告編を観た。予告編が終わった時、劇場にいたのは僕と、あとはくたびれたスーツを着たおじさんの二人だけだった。念のため書いておくと、映画が終わった時に座っていたのも、僕とおっちゃんの二人だった。

 一応『ギャラクシー街道』の中身に触れるので、「ここからはネタバレ注意」と書く方が親切なのだろう。しかし、だいぶ前に劇場で一度きりしか観ていないので、正確な内容かどうかの担保ができない。でも、強烈に覚えているシーンがあり、書かせて欲しい。なので、一応ネタバレ注意と書いておく。

 映画の中盤か後半に差し掛かるところで、遠藤憲一さんが卵を産む。
 どういう映画か、あらすじを本当は紹介するべきだと思うのだが、全体の筋をあんまり覚えていないので、気になった人はググってみてほしい。大事なのは、とにかく、遠藤憲一さんが卵を産む、ということだ。それもたくさん。
 思わず笑った。劇場にいるもう一人の観客、スーツのおっちゃんのことは忘れて、僕は声を立てて笑った。映画の中の面白いシーンとしては、自分史上最高に面白かったし、今も更新されていない。
 実際に、『ギャラクシー街道』について知り合いに話すとき、このシーンの紹介をすると食いつきが良くなる。みんな共通で面白いシーンなのだ。

 しかし、スーツのおっちゃんは、クスリともしていなかった。そのあと、卵から小さな遠藤憲一さんが生まれてきて、僕が再び笑っている時も、おっちゃんは鉄壁のガードで無表情だった。イロモネアの会場に中継がつながっているのかと思ったほどに、笑っていなかった。

 封切りの日に、レイトショーで、駅からちょっと遠いこのミニシアターにわざわざ『ギャラクシー街道』を観に来ているのに、どうしてこのおっちゃんは笑わないんだろうと考えると、余計に面白かった。かつての『ステキな金縛り』を観た時の記憶とのギャップにも笑えた。

 ここは宇宙と書く。さらに、ここで遠藤さんが卵を産む、と脚本に書いてあったのだろう。人の想像力は本当に豊かだと思う。そして、ラジオドラマではなく映像化できてしまうというのは、本当にすごいことだと思う。

 これからも、三谷さんの豊かなイメージを覗き見させてもらえたらとても嬉しい。
 あと、『ギャラクシー街道』の話をできる人が一人でも増えたら、幸せだ。あのシーンの面白さを、衝撃を、ぜひ共有したいのだ。

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