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映画鑑賞記『蟻の王』

「同性愛の映画」ではなくて、「愛し合っていた二人が残酷に引き離された悲劇の映画」だと思って観てもらいたい。

 まだ公開始まってない劇場も多いので、極力ネタバレを避けて書きます。……まぁ、ネタバレとか、そういうタイプの映画じゃない気もしますが。


同性愛が病気として治療されていたのは歴史ではなく、ほんの数十年前までの最近の話である

 ……ってことは、名作『カッコーの巣の上で』を見て知っていました。精神病院の閉鎖病棟に入れられて、人格から何から否定される恐ろしさ。(余談ですが、カッコーのラチェット婦長は、アメリカ映画史に残る名悪役として名高いので、未見の方には是非お勧めしたい映画の一つです……。人間が自由と尊厳を奪われるとこうなるんだぜって怖さを、ホロコースト経験したミロス・フォアマンが描くんだからそりゃ怖いよねっていう……。)

 しかも、そのコンバージョンセラピーというのが、今日では、精神医学会では、全く治療効果がなく、そもそも同性愛は「治せる」ものではないため、セラピーと称した行為は受けた人に多大な苦痛と害を与える可能性があるとされています。(Wikipediaより

コントラストの妙

 この映画の中では、様々なものが対比的に描かれています。それが芸術的で、非常に美しかったです。

中年に差し掛かる年齢の詩人と、若者

 豊かな教養を持ち、ちょっと気難しく独善的なところもある、良くも悪くも芸術家気質の詩人は苦み走った良い男で、多くの人を魅了してきています。一方、兄に連れられて初めて詩人の私塾を訪れた若者のみずみずしさ・素直さ・美しさに詩人は魅了されます。無邪気に蟻を差し出し、自分の作った蟻の巣に感動する若者の可愛らしさ。その横顔を見つめる詩人の表情は、既にうっとりし始めています。二人が見つめ合うシーンでは、心の絆を感じます。視線だけで愛を語る主演の二人の演技力には脱帽です。

 なお、若者を演じたレオナルド・マルテーゼはヴェネチア国際映画祭の新人賞を獲得しているそうです。(深く納得。こんな難役をここまで見事に演じ切ったのが新人だというのが凄いとしか言えない)

都会(ローマ)と二人の故郷

 石ばかりで冷たく硬くよそよそしさすらある都会(ローマ)の景色と、緑や黄金色に輝く草原、青い空の豊かな二人の故郷の自然の美しさが見事な対比を描いています。田舎の風景が本当に美しい。そこを離れざるを得なかった苦悩や寂しさをも感じます(語られないけど、感じてしまう)

二人の母親

 どちらも同性愛の息子を持った母親ですが、詩人の母は、息子を愛し、愛ゆえに「ここを離れなさい」と勧め、裁判の時も、席は離れていても目線だけで母子が愛情で結ばれていることが分かります。

 一方、若者の母は、兄と並んで座っていても視線すら合わせない。息子との関係性を象徴する、良いシーンでした。口では息子を愛していると言いながら、共産主義の兄を神父に送り込んで「矯正」し、同性愛の息子を病院に送り込んで「悪魔を頭から追い出す」と、人格や知能すらバラバラになるほどの壮絶なコンバージョンセラピー(※かなりショッキングな描写なので、公式サイトにも記載がありますし上映最初にも注意書きが出ます)を受けさせるって、それホントに愛なの? 自分の都合のいい型にはめようとしてるだけなんじゃないの? という怒りを感じました。

二人の息子

 元々、詩人の私塾には、兄が通っていました。しかし兄は詩人には愛されませんでした。弟は愛されます。明確な描写や言及はありませんが、事あるごとに、弟を詩人から遠ざけようとする兄の言動は、「悪い大人の毒牙から大事な弟を守りたい」というよりは、自分が愛されなかったことへの苛立ちから来る嫉妬のように見えます。これは、まさしくカインとアベルですよね。神は、兄の供物ではなく弟の供物を喜ぶ。嫉妬した兄が弟を破滅させようとする。本作の舞台イタリアはキリスト教国であることを考えると、意識的な描写なのかなと思いました。

「差別する人」は同性愛以外をも差別するアイロニー

 象徴的なシーンが何度か出てきます。
「変態を擁護する必要はない」と言い切る新聞の編集長は「もう女は二人もいるから必要ない。しかも二人が困ったことに優秀で」と言い、「同性愛者の行きつく先は、自殺か牢獄」と冷笑する弁護士は、詩人を擁護する市民活動をリードして街頭演説に立つ恋人に「女がする演説か」と吐き捨てます。

 つまり「いや、自分は同性愛は許せないけど他の差別は絶対してないよ」と言う人が、どれだけ本当なんだと。どんな人のことをもあるがまま受け入れるか、一定の枠に収まっていないものを認めないか。人間には二種類しかないのだと、監督に突き付けられているように感じました。

色々書いたけどラストは号泣するしかない

 詳しくは書きませんが……。
 刑務所に入れられ自由を奪われ続けた詩人と、セラピーという名の拷問を受け続けて心身を破壊された若者が、再び言葉を交わすのですが……。これ以上は何も言えねえ。劇場で見てくれとしか。もう泣くしかねえ。

 それなりに長さのある映画の中で、苦み走った眼鏡のイケオジ詩人と、若くて美しい青年が幸せそうに微笑み合う姿はほんの一瞬なんです。実際は数年単位で蜜月の時代があったようなのですが。ただ、きらきら輝くような幸せそうな姿が一瞬であるが故に、その光が尊くてもうね……。何も言えねえ……。


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