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快く受け入れてくれないなら

「しね!」「ころせ!」の大声が飛び交う、とんでもない場所が地域にありました。住民なら誰でも利用できる、石造りのおしゃれな建物なんです。
一階には広い畳のスペースや茶室、調理ができる部屋があり、二階には書道や語学の教室にも使用できる会議室がいくつか、三階には卓球台も設置してある板張りの空間があります。選挙の投票や集団予防接種なんかもそこで行われて、周りにはスーパーやクリニックもあって、地区のセンター、略して「地区セン」と呼ばれ、広い年齢層の人が常に集まっている場所です。

コロナ禍でしばらく閉館していましたが、やがて開き、いつからか小学生たちが放課後を過ごす場所になりました。私が小学生の頃は、友達の家や校庭に遊びに行ったものですが、最近は校庭も開放していないんですよね。お友達の家は「よんじゃダメっ」て言うお母さんが最近は多いらしく、それで、エアコン完備、コンセントも自由に使える「地区セン」に集まるようになったのは自然の流れでしょう。

お爺さんたちがのんびりと将棋をさしたりしていたスペースに、小学生たちも加わって過ごすのは微笑ましい光景かと思うかもしれません。しかしそこが冒頭に書いた、暴言が飛び交う地獄のような場所なのです。

コロナ騒動で、子ども達は友達と会えなくなり、ゲーム機を使っての遊びが主流になりました。通信で自分と相手の声は互いに聞こえているから、一人で画面を見つめているように見えて実はつながっていて、みんなで遊んでいるんだと言います。戦いゲームが人気のようです。みなヘッドフォンをしているのでゲームの世界に集中し、周りが見えなくなって声がどんどん大きくなります。夢中で敵と格闘しているうちに怒号が飛び交うことになる、というわけです。

「みんなで使う場所だから、もうちょっと声を抑えてね」と私も何度か注意しましたが、ヘッドフォンをしているので、肩をたたいてこちらを振り向かせなければなりません。片耳だけヘッドフォンを一瞬はずして、「ああ」と生返事をしたかと思うとすぐに戦闘に参戦してしまうので、なんの効果もありませんでした。

ゲームをしていない子もいます。ボードゲームやパズルなども置いてあるので、それで遊んでいたり、隣に座って友達のゲームの画面を眺めているだけの子もいます。でも、「くそ!」だの「ちくしょー!」だのという怒鳴り声が響く環境下に、子どもを長時間おいておけますか?「コロナだから仕方がない」と見過ごせますか?「公園でも校庭でも遊べなくて、現代の子どもはかわいそう」って、黙っていられますか?

この環境を変えたほうがいい、私はそう思いました。
でも、子ども達はそこに行けば友達に会えるし、そこに行きたいんです。
お母さんたちは仕事をしていたり乳飲み子の世話で忙しく、ゲーム機を与えて小学生が楽しく遊んでくれるなら助かると思っているんです。だから、堪えられないと思うなら、私がその環境から離れるしかありません。


どこか小さな島に移住することを考えました。
ゲーム機なんかで遊ばなくても、子ども達が野山で走り回って笑い合っている場所が、島ならどこかにありそうだと思いました。

私が高校生くらいだったか、魚を釣ったり焚火をしたりして大人が島で遊ぶ様子が気楽に書かれた、椎名誠の「怪しい探検隊シリーズ」にはまってから、島はいつも私の憧れの場所です。海に囲まれているから、すみずみまで歩きつくして制覇できるカンジも好きです。

ある島にコンタクトを取りました。
過疎に悩むその島は、移住した人に家を用意してくれて牛もくれるとありました。音楽活動が盛んだというところも良いなと思いました。牛を飼ったことはありませんが、地元の人に教えてもらいながら交流できたら理想的だし、命を身近に感じながら生きる環境は、子どもに良い影響を与えると思いました。

その島には行ったことがなかったので、まずは一度訪れてみようと話を詰めていきました。じゃあ船の予約をしましょうという段階になって、役場の人に上陸を拒まれてしまいました。はっきりとそうは言わなかったけれど、島には病院がないし、お年寄りが多いので、外からコロナを持ち込まれては困る、という理由だったと理解しています。ワクチン接種の証明もし、船に乗る数時間前にコロナにり患していない証明も提出すると話はしてあったのだけれど、島の人たちから不安の声が上がったんだと思います。役場は別の島にあったので、当の島の人たちの本音がその段階になるまで届かなかったんでしょうね。

「来ないでということではない」「お子さん3人ですよね?」と電話口で苦しそうに言う役場の方は、用意すると書かれていた家も「今は空きがない」「宿泊施設もないので今来てもらっても快適に過ごせないかもしれない」と言いました。コロナ禍という特殊な事情下ではありましたが、「いつでも大歓迎」と見受けられるページと実際は、少し違うのかなと感じました。受け入れられていないのに無理に住みつくのも違うよな、そう思って、子どもをゲーム機から遠ざける別の方法を探すのでした。


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