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映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』を観た感想


『人間失格 太宰治と3人の女たち』という映画を観た。
写真家として有名な蜷川実花さんが監督を務めた作品で、公開当時は話題になっていた気がする。
蜷川実花さんの映画はすでに何作か観ていて、割と好みの分かれる作品傾向にあると認識していたので、正直観る直前まで迷った。
レビューには案の定厳しい意見も散見された。
でも、わたしは蜷川さんの色彩が好きだし、綺麗な映像を観れるだけでもひとまず価値はあるという心持ちで観ることにした。

というわけで久しぶりの映画感想。

※※以下、ネタバレがあるので要注意です※※

ざっくり感想

感想としては、想像以上におもしろかった。
ただ、これは太宰の作品ではないということをきちんと頭に入れて観ることをお勧めする。

タイトルにあるくらいなので、太宰の人生というよりも3人の女とのあれこれがメイン。
一人の人間の人生を映画にまとめるのは相当大変だと思うけれど、こういう風にまとめたのは個人的によかったのではないかなと思った。
流れも破綻せず、わかりやすくエンタメに消化されている。振り切っているというか、ある意味淡々としているとも言える。

多分、太宰ファンからしたら物足りないんだろうなという感じはした。
そもそも何故太宰がこのように人生に苦悩しているかの背景は詳細に描かれていなかった。でも、それはみんな知ってるしいいよねって感じで省いたのだとしたら英断だとも思った。
ただ太宰の人生を緻密に描くなら、それは太宰の作品を読めばいいのでは?とも思うので、この作品はこの作品としての役目を果たしているように思えた。

魅力的な登場人物

3人の女がそれぞれ魅力的でとてもよかった。
太宰の才能を誰よりも信じていた美知子の苦悩も、一生恋することを選びただでは転ばない静子の強さも、一番最後までそばで寄り添っていた心に穴の空いた富栄の弱さも、すべて綺麗に描かれていた。

個人的には静子が好きだ。まず、沢尻エリカさんの浮世離れした美貌が、少し世間知らずで無邪気なお嬢さんを演出していて良かった。最初の方に太宰は「お前は30にもなるのにかわいいな」(うろ覚え)みたいなことを言っていたのだけど、なんかその言葉がすごくしっくりきた。

美知子も静子も富栄も、おそらく監督の意図でざっくりテーマカラーのようなものがあったのだけど、静子のピンクがすっごく良かった。もう、毎回ピンクの服。
梅の花の中で笑う静子がほんとうにかわいい。沢尻エリカさんのまるいおでこに、耳隠しの髪型がこれまたよく似合う。

それに、初めは恋に憧れた愚かな女なのかと思って観ていたが、そうじゃない。なんだか彼女には(こんな恋のくせに)人生を楽しもう、幸せになろうという意思が感じられて、とても好感を抱いた。嫉妬し、傷つき、最後は自分の作品を世間に公表する。単純なのかな。でもじめじめしていなくて、良かった。単純にわたしの好みど真ん中でした。

そして面食らったのが、富栄。想像していたよりもだいぶ地雷臭。すぐに死を仄めかせてくるところが現代で言うメンヘラ。
でも、本妻にもなれず、子供も作れなかった彼女には太宰と一緒に死ぬことでしか自分と太宰の愛を証明できなかったのかもしれない。
それに、未亡人ということもあって太宰云々の前に彼女本人が抱えている闇が大きいように思えた。だから、そんな彼女が晩年の太宰を献身的に支え、その末に手を取り合って死ぬことを選んだのは、なんだか憎めないような気もする。

美知子は本妻ということもあり、映画の中では要所要所で太宰の心の拠り所としてあらわれていたが、個人的な希望を言えば、美知子と太宰の出会いにももっと焦点を当てて欲しかった。
そうすれば、さらに美知子の強さと苦悩の日々の描写が生きてくるような気がした。

最後の方で、家を勝手に富栄に掃除されて泣くシーンが印象的だった。浮気者の本妻というと、強さをイメージしがちだが、わりと泣いたり悲しんだりしていたのは良かったと思う。

でも結局、彼女自身が太宰を突き放したことで彼は最高傑作を完成させることができたのだから、やはり彼女は心底太宰の才能を愛していたのだろう。すごい女性だ。

あとちょこちょこ出てくる作家たちもすごく良かった。名前が出てくるだけで、なんだか「本当にあの作家たちが生きた時代が存在したんだよなあ」と当たり前のことを改めて感じて嬉しくなった。藤原竜也さん演じる坂口安吾と、高良健吾さん演じる三島由紀夫が好きでした。

蜷川実花さんの色彩

最後になってしまったけれど、この映画を語る上で欠かせないのはやはり蜷川さん特有の画面構成や色彩。
ここがちゃんと機能しているので、やっぱり美しい映画だと思った。
でも今までの蜷川さんの作品とは一味違うような感覚を覚えた。

例えば、彼女の作品は写真などの極彩色で知られている。
わたしは彼女の極彩色が好きだけれど、それよりも彼女の写真の中で印象的なのが2017年に原美術館で開催されていた「うつくしい日々」という個展で出されていた作品の数々。
ご自身の父親の死と向き合われた日々を写しているあの写真は、優しく淡い静かな強さが感じられる作品だ。

わたしはこの映画は以前の作品である「ヘルタースケルター」や「さくらん」とはまた違った色彩で構成されていると思った。

暗い部分とまばゆい部分のめりはりがしっかりついている。それでいて鮮やか。でも、目に痛い色ではなくどこか耽美な雰囲気を醸している。
太宰の人生や、時代、そして人の死が描かれているので、そのような表現になったのだろうと推測する。

太宰治という男


わたしはこの映画を通して太宰という男について何一つわからなかった。
ただの女好きの死にたがりにも見えるし、どうしようもないくずにも見えるし、書くことに人生を捧げた天才にも見えるし、誰かを搾取しているようで実は何もかもを与えてしまった人のようにも見える。
わたしは元々太宰にそこまで興味はなかったけれど、少し興味が湧いた。


他の人のレビューで、絵本を読む感覚で観るのがおすすめだという言葉があったのだが、これには同意する。
でも、わたしはこの映画を観て良かったなと思った。



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