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生後二ヶ月を迎えて思うこと


 時が経つのはほんとうに早いもので、娘が生まれてからもうすぐで二ヶ月になる。

 まるっきり、はじめての育児。
 はじめての育児のここまでの感想は、正直「思ったよりめちゃくちゃ大変」で、それとなんの矛盾もなく「思ったよりめちゃくちゃ幸せ」だなと感じている。

 わたしは打たれ弱いくせに、元来楽観的というか、ものぐさな性格なので、あらかじめ何かに備えるということが少ない。
 育児に対してもそうで、準備してどうなるものでもないし、妊娠期間中は日々重くなる身体がつらくてつらくて、もう早いこと出てきてくれ、と何度思ったことか。

 いざ取り掛かってみると、なるほど、これは未知の大変さだった。


◆  


 低月齢育児の大変なことといえば、やはり頻回授乳による寝不足だ。
 はじめのうちは、2〜3時間ごとの授乳、と言われている。特に母乳であれば、一日の授乳回数は10〜15回にものぼる。

 授乳、おむつ替え、寝かしつけ……この一連の流れがどれだけ上手くいったとしても、眠れるのは2時間程度。
 実際は1時間ほどしか経っていないのに欲しがることもあるし、そもそも授乳後にスムーズに眠ってくれないこともしばしば。そうマニュアル通りにはいかない。

 特に夜間授乳は辛い。
 いくら乳児がなかなか寝ないものだと知っていても、夜は夜だ。少しでも長くベッドで眠りたい気持ちになるのが人間というもの。

 わたしはこれまで自分のことを、「夜更かしのできる人間」だと思っていた。
 だから、夜間授乳もさして苦にはならないのではないかと踏んでいたのだ。

 甘かった。
 それは大きな間違いだった。
 夜更かしができるのは、その後に昼まで眠れる環境にあるからだ。
 2〜3時間ごとの細切れ睡眠しか取れない身には、そもそも夜更かしという概念などないのだ。

 さらに、夜間といえば夜泣きがつきものだ。
 夜中の1時から朝の6時頃まで一睡もせず、ひたすらギャン泣きをされたときはさすがに堪えた。

 おむつは濡れていないか、暑くないか、抱っこをしても何をしても泣き止まず、お手上げ状態。最後の方はわたし自身も泣きながら娘と一緒にベッドに大の字になった。

 結局その日は、夫にSOSを出して、あとのことはあまり覚えていない。

 夜間の対応は、基本的にわたし一人だ。
 だからこそ、夜に延々と泣かれ、どうしようもなくなって途方に暮れると、世界にわたしと娘のふたりだけになってしまったような心地で、目の前がまっくらになる。

 それは、娘を大事に思うきもちと、本当になんの矛盾もなく。いっぱいいっぱいになってしまうのだ。

 その日を境に、夜はできるだけ毎日夫が数時間娘を預かってくれることになった。
 搾乳を駆使して、5時間ほど眠れる日もあるし、(ただ、胸が張って必ず途中で起きるけれど)朝になってそれでもまだ身体がつらいときは、母に頼ることもある。

 頼れる人がいる。そう思って、一日一日、自分をなんとか騙して夜を乗り越えている。

 そうしていると、娘にも波があるものの、少しずつ眠ってくれる時間が長くなってきた。
 昼夜のリズムがついてきたのだと言えるのかもしれない。

 生後二ヶ月を前にして、今は夜間に3回ほど授乳がある。まあ、それなりにあるとは思うけれど、新生児期の記録を読み返してみると、こんなもんじゃなかった。
 がむしゃらに頑張っていれば、少しずつ前進する、のだと思う。

 でも、大人ですら、日によって調子が悪い日はなかなか眠れなかったり、落ち込んで腹が立ったりするので、仕方ないといえば仕方ないこともある。

 結局、わたしが「あの日」を乗り越えることができたのは、「娘への愛情」なんて綺麗な魔法みたいなものではなく、単純に頼れる相手がいたかどうかの話だ。

 つらいことがあれば、限界を越えるまで耐え、爆発したらすべて手放してきたわたしだけれど、今回ばかりはそうもいかない。
 限界を迎える前に、積極的に周囲を頼ることにしようと思っている。 



 考えてみれば、夫の育児への態度にはすでにたびたび救われてきた。
 常に当事者意識があり、育児のほとんどすべてのことーーそれこそ、母乳を出す以外のことは一通り、はじめのうちにできるようになった。
 だからこそ、いつなんどきも彼を頼ることができる。

 娘の育児をする上で、常にいろんなことを共有できる相手がいるというのも心強い。

 顔が赤いような気がするとか、耳を掻く仕草が気になる、寝ない日はやたらと口を物欲しそうにしているように見える、とか、わりと重要な情報を互いに見つけては、報告しあう。

 もちろん、良いことも。
 生後一ヶ月前後で、明らかに新生児微笑ではない笑顔が見られるようになった時は、興奮しながら語り合った。

 夫は、娘に向けられた笑顔に骨抜きにされ、夜中に娘を抱えながら唐突に「娘がいちばん好きなのは、俺かもしれない」と至って真剣な顔で切り出してくるのだから、笑った。

 それと、夜間に授乳をしながら、それぞれが撮った娘のベストショットを見せ合うのもひとつの楽しみとなっている。

 わたしの辛さと喜びを、同じ気持ちで分かち合う相手がいることは、幸せなことだと思う。
育児に参加することは、当たり前のことだけれど、夫には感謝しないといけないな、と感じている。





 生後一ヶ月を迎えると、赤ちゃんはいよいよ少しずつ外出にチャレンジする。

 しかし、わたしの娘は生後間も無く黄疸の数値が悪く、治療のため退院の予定が延長し、さらに退院した翌日すぐにリバウンドチェックのために産院へ行くこととなっていたため、生後7日でおでかけデビューを果たしていた。


 その後も、顔にひどい湿疹が出たり、風邪のような症状があったりで、幾度か小児科へ行かねばならず、生後一ヶ月を迎える頃にはすでに何度も外出している(せざるを得ない)という状況だった。

 良いか悪いかは分からないけれど、娘はだいぶおでかけに慣れたと思う。


 生後二ヶ月。
 最近は、平日の昼間の隙をついて母と一緒に近所のケーキ屋さんでカフェをしたり、ベビーカーで家の周りをぐるりと散歩したりしている(途中で泣いたり、授乳の合間を縫って行動するので大変であるけれど)。

 その間じゅう、わたしは何かを見つけるたびに娘に語りかける。
ーーー風が涼しくて気持ちいいね、この花の名前は萩って言うんだよ、ピンクで綺麗だね、今のは車の音だよーー……


 わたしは、子どもが生まれるまで、自分が育児をしている姿が全く想像できなかった。

 妊娠している時から、よく胎児にたくさん話しかけておこう、胎児はママの声を聴いているよ、なんて言われていたけれど、それもあまり得意ではなかったクチだ。

 話しかけると言ったって、何を言えばいいのか。
 返事のない相手に一方的に声をかけるのは、なんだか、妙に恥ずかしいような気もした。

 考えあぐねて、時折日記のような、その日の出来事を不器用につらつらと並べるような語りかけを一人でこっそりとおこなっていた。

 だからこそ、子どもが生まれた時、自分は物静かな母親になるのかもしれないと感じていた。
 別にそれでいいとも思う。

 けれど、いざ娘が生まれ、こうして外を少し歩くだけでも、彼女に話したいことがたくさん出てくるようになった。
 それもごく自然に。そんな自分に驚いている。

 花の香り、雲の形、虫の声、この世界のいろんなことを、いろんな美しいものを、娘に教えてあげたいと思った。





 娘はよく笑うようになった。
 起きている時間の半分はニコニコしているんじゃないかと思うほど、ほんとうに笑顔の多い子だ。

 朝、授乳を終えて、おむつを替えて、しばらくすると手足をバタバタと動かして楽しそうにしている。
「おはよう」と言うわたしが視界に入ると、とびきり嬉しそうに笑ってくれる。
 娘の笑顔は、脳がとろけそうなほど、涙が出るほど、愛らしい。

 先述した育児の辛さなんて、この笑顔ですべて相殺されるーー……それどころか、余裕でお釣りが返ってくるほど。愛しいきもちで胸がいっぱいになる。

 いまの娘は、日々「好きなもの」をたくさん見つけるのに忙しい。
 祖母の声、派手な色、ジョジョのアニメ、身体を触られること、「かわいいね」と言われること、スワンのメリー、車の揺れ、King Gnuの「SPECIALZ」……

 そして、母であるわたしの存在。

 娘から発される「好き」は、あまりにも真っ直ぐで、たじろいでしまう。

 確かに、身の回りのすべての世話をして、母乳を与えているけれど、それだけでまだ二ヶ月やそこらの関係性の相手(正確には妊娠期間もあるが)をこんなに好きになって大丈夫なのかと思ってしまうほど、娘はわたしを愛してくれているような気がする。

 娘が与えてくれる「好き」は、これまで受けてきたどんな「好き」とも違う。

 両親から伝わる慈愛とも、夫と築いた親愛とも、何かが決定的に違う。
 うまく言葉にはできないけれど、娘からもらえる「好き」は、特別だ。


 育児は楽しいことばかりではない。
 でもわたしは、日々伸びていくまつげや、きれいなつむじ、唇の三角形、あくびのあとの「くぁ」という声、そのすべてに喜びや慈しみを見出さずにはいられない。


 子を育てることの楽しさを、これほどまでに丁寧に教えてくれる娘には感謝しなくてはならないと思っている。

 それと、娘を産んですぐ、まだ不安に駆られていた自分にも、会いに行って教えてあげたい。

 大丈夫、ちゃんと幸せが上回るから、と。


とても励みになります。たくさんたくさん文章を書き続けます。