塩作りの匠、森保一監督が、ベトナムの生春巻きを塩漬けにする日。


塩を作る。

海水を乾燥させるだけというイメージもあるかもしれないが、決して簡単な仕事ではない。海水の塩分濃度はたったの3%しかなく、日本は雨が多いため、放置しておいても十分に乾燥させることが出来ない。そのため、純度の高い塩を作るためには、エネルギーを使って煮詰めていく必要がある。

古くは藻塩焼きと言われる海藻を使った製塩技術が用いられていた。日本史の授業でも少し出てくるのだが、揚浜、入浜という製塩技術が使われるようになる。

塩は、料理の味を引き締め、日持ちを良くし、また、邪気を払う効果もある。我々にとって塩は常に特別なものだった。

そして、2019年1月。

日本の製塩技術の粋を尽くした匠が、アジアへと挑む。

塩作りの匠、森保一。

一流の塩職人によって抽出された純度の高い塩は、アジア各国を塩漬けにしてきた。トルクメニスタン、オマーン、ウズベキスタン、サウジアラビア。

特に、サウジアラビアの大金持ちは、塩漬けになった試合を見ながら、これ以上のないほど残念そうな顔をして敗北の塩辛さを噛みしめていた。

そして1月24日。若く、勢いのあるベトナムを、アジアの古豪日本が迎え撃つ。

それはつまり、ベトナムの生春巻きを、日本の匠が塩漬けにしようと待ち構えているという意味である。

塩にまみれた生春巻きはどうなるのだろうか。皮から塩分が失われ、中に包まれた新鮮なエビまでも、塩分によって脱水され、誰も食べられないほどの塩分濃度になった時、ホイッスルはなるだろう。

そして匠は語る。

「タフな試合ではありましたが、選手たちがよくしのいでくれたと思います。」

塩作りの匠、森保一は少し遠くを見ながら、思いを馳せる。今日は良い塩が作れただろうか——。そして、次の試合までにどんな塩を仕込もうか——。

塩試合とは何なのか

塩試合という言葉がある。それは、サッカーにおいて、戦力が拮抗するなどの理由から、面白い出来事があまり起こらないまま、時間だけが流れて試合が終わってしまうことがある。

玄人好みの試合と言うことも出来るが、時には玄人すらも顔をしかめる。「この試合はしょっぱいな」と。

森保一監督は、塩試合を作り出すことについて定評があり、また、その狙いなどもニコ生における裏実況・解説における五百蔵容さん(@500zoo)との対談から見えてきたので、記事にしようと思った次第である。

ぼくは、塩試合という言葉を、サッカー用語として使っているが、元々はプロレスから発生したものらしい。

塩試合の由来
新日本プロレスの平田淳嗣がある試合のインタビューの際に「しょっぱい試合ですいません」と言った事から「しょっぱい=なさけないor恥ずかしい」という意味合いで知られるようになり、「しょっぱい→塩」と言う事から、いずくともなく塩試合と言われるようになった。ただこの言葉自体が自然発生的なので諸説あると思われる。
ニコニコ大百科(仮)

プロレス由来の言葉というのが重要なポイントだ。

プロレスは、勝敗がある程度コントロールされているという見方がある。いわゆる八百長か、ガチなのかという問題である。この点には踏み込まないのだが、プロレスの競技者は、勝利するという目的以上に、観客を楽しめるエンターテイメントを提供する職責を持っている。

つまり、勝つことだけに固執して、しらけた試合を展開しても、良い仕事をしたとは見なされないのだ。もちろん、ファン(観客)が満足すれば良いのだが、「しょっぱい試合だったな……」と思わせてしまうと、ファン(観客)が減少する方向に向かってしまう。

ファン(観客)が減れば、興行が成立しなくなるため、プロレスラーという仕事も成立しなくなる。プロレスラーにとって一番大切なのは、ファン(観客)を満足し、お金を払ってでも見たいと思わせることであり、次もまた見たいと思わせることなのだ。

これはエンターテイメントの話である。エンタメにおいて、塩試合は大失敗なのである。もちろん、何かの伏線やアクセントとして塩試合があることが使われることもあるだろうが、塩試合ばかりでは、興行は成立しない。

プロレスは、第一義としてエンタメである。その上での第二義として、真剣勝負をしている。というのが、私の理解だ(といってもプロレス自体に詳しいわけではないので、どこかでもっと学びたいとは思っている)。

一方で、サッカーの場合はどうか。これは実は難しい問題なのだが、第一義は真剣勝負であり、第二義としてエンタメなのだろうと思っている。

観客が満足するかどうかよりも勝敗のほうが大切なのである。もちろん、時折勝敗よりもエンタメ性を優先し、宗教団体の教祖のような存在へと上り詰める者もいる。

それも一つの方向性なのだろう。ファン(観客)が満足し、興行として成立するならば、勝った負けたは大きな問題ではないという捉え方も出来る。

一方で、アジアカップやワールドカップなどの国際大会は、エンタメ性よりも勝敗が強く問われる。

面白さよりも、勝つことが大切。

それが鉄の掟。

絶対に負けてはならない。

負ければ即叩かれる。

特にアジアカップでは優勝して当然だと思われている。

しかし、アジアで確実に優勝できるようなパワーバランスではない。

イラン、韓国、UAE、オーストラリア。

強豪国が立ちはだかる。

しかし、勝たねばならない。


そこで、日本の塩作りの匠が立ち上がった。


森保一監督「私が、アジアの国を塩漬けにして見せましょう」


森保監督は、勝つことを最優先している。そこに美学も、芸術性も、エンタメ性もない。いや、もしかしたら美学はあるかもしれない。しかし、どのような美学であるかを自ら語ることはない。

それは巧妙に隠されている。森保監督のインタビューから、何を考えているか察するのは不可能に近い。

そんな中、ニコ生裏実況陣が辿り着いた答えが、塩作りの匠によるコントロールドソルトという考え方であった。そして、その後ろには、野望が砕かれたもう一人の塩職人の姿も見えてくる。


ヴァヒド・シオヅクリホジッチ




先進的な塩作りを導入するために日本に来た彼は、塩作りの面白さを必死に伝えようとした。しかし、我々日本人は興味を持たなかった。

我々が興味を持っていたのは、塩の製法ではなく、華やかな料理だったからだ。

コントロールドソルトゲームとしてのサウジアラビア戦


先のサウジアラビア戦は、ボール"支配"率23%ということから、まさかの大苦戦であると報じられた。これは、つまり77%はサウジアラビアがボールを支配していたということを表しており、90分を単純に割ると、日本が21分、サウジアラビアが69分支配していたことになる。

数字だけ見ると、一方的に攻められる厳しい試合であったかのように思えるが、この支配率という数字、英語で言うとpossessionなのだが、これは単に所持率の意味である。支配しているという意味合いは含まれていないはずだ。

より厳密に言うと、ボールを持つ、所有するという意味から、支配しているという風に派生をしているように取ることも出来る。

しかし……

「ボール」を支配することは、「試合」を支配することではない!!!


これは普段サッカーを見ている人なら常識とも言えるので何を今更なのだが、ポゼッションが高いほうが勝つわけではないし、むしろコロッと負けることもこともある。

支配率というのはあくまでもボールを持っていた時間の話であって、試合を支配していたかどうかにはまったく関係がないのだ。

例えば2012年のことだが、メッシ、イニエスタを要するバルサに対して、セルティックが勝利したこともあること。その時のセルティックの支配率は支配率が16.9%であった。

この試合は明らかにバルサがボールを支配し、試合も支配していたといえる展開であったのだが、喉元に剣を突きつけて、試合の勝者になったのはセルティックであった(この試合とても面白かったのでいつか見直したい、どこかに動画ないかな?)。

というわけで、ボールを支配されていたが、試合を支配されていたわけではないという文脈からサウジアラビア戦を振り返る。

その前に、試合後のにこんなツイートをした。

このツイートは、攻め込まれてはいるが、試合を支配していたのは日本であったということを書いている。

これを読んだ、J-castの記者さんから問い合わせがあり、ぼくがふんわりと答えるよりも何でも答えてくれることに定評のあるイホロイエモンにお願いする方が根拠ある内容になるかなと思って、相談してみたところ、最終的にこんな記事に仕上がった。

この記事の内容を引用しつつ、サウジアラビア戦を振り返りたい。

イホロイエモン「基本的に森保一監督の日本代表は、『相手が日本にやられたら一番イヤな戦術を採用し、それをやり通す』という大方針を持って戦っていると思われます」

まず、ここが重要なポイントとなっている。相手にとって「ボールを支配されるのが嫌」なのか「ボールを支配されないのが嫌」なのかという問題である。

そりゃボールを持たれるほうが嫌だろう。と思うかもしれない。しかし、そうでもない場合もあるのだ。

サウジアラビアの最大の武器は、19番のFWファハド。サウジアラビア国内の選手だが、快足FWであり、非常にポテンシャルが高い。この選手に自由に動き回られるのはとても嫌だし、それを追いかけることになる選手の一人、CB吉田麻也はあまり足が速い選手ではない(冨安選手は速い)。従って、このマッチアップで追いかけっこが生じるのが日本としては一番嫌なことだった。

逆にサウジアラビアとしても一番の狙い所だった。広いスペースを取って、そこにファハドを走らせるのである。

また、五百蔵さん曰く、サイドバックの選手が高いポジションを取り、中へと寄せてくるプレーも得意としていた。

この二つの武器を封じると、サウジアラビアとしては攻撃力が極めて低い状態で試合を進める必要が生じる。

日本はボールを持つことを放棄して、堅い守りを敷いていた。特に中央を固め、ファハドをはじめとしたサウジアラビアの選手が自由に動けるスペースはなかった。

たまらず、サウジアラビアはサイドへボールを流す。しかしそこには、1対1の守備ではそうそう負けない酒井宏樹と長友佑都が待ち構えている。何とかしてクロスを上げたところで、高さと強さで勝る吉田麻也、冨安健洋が鉄壁の守りを敷いている。

かといって、他に攻めようがないのでクロスをあげる。しかし、これは防がれる。

ボールを支配されクロスを上げられたという意味では攻め込まれている。しかし、その攻撃では失点する可能性は低い。だから、放置する。それが森保監督の考えだったのではないか。

逆に、怖いのはカウンターからファハドが走るプレーなのだが、記憶にある限りだと試合の中で一つもなかった。一つくらいはあったかもしれないが、致命傷にはならなかった。

何本もシュートは撃たれたのだが、吉田麻也と冨安健洋がシュートコースを切り、権田修一がゴールを守れば、かなりの高確率で守れると踏んでいたのだろう。

大切なのはシュートを撃たれないことではなく、ボールを所持することでもない。相手よりも得点が多い状態で試合を終えることだ。完全に相手を押さえ込んで完勝するという美学は、おそらく森保監督にはないのだろう。

相手にボールを持たせ、しかしながら手詰まりにさせる。手が詰まるので、人員を増やす必要があり、サイドバックが上がってくる。その攻撃もしのぎ、サイドバックの後ろに出来たスペースにボールを放り込む。

そのボールを武藤嘉紀をはじめとした攻撃陣が繋ぎ、ゴールに迫る。この精度は正直高くなかったのだが、それでもCKの機会を得た。そして冨安健洋のヘディングで1点を取る。

1−0

相手の攻撃機能を低下させた状態で1点リードした。日本の攻撃も停滞していたが、リードしているので何も変える必要もない。この考えはオマーン戦から徹底している。

このまま、試合を終える。

何も起こる必要はない。

何も起こらなければ日本の勝ちだ。

塩作りの匠、森保一はサウジアラビアを塩漬けにした。

同時にエキサイティングかつ爽快感のある試合を期待したお茶の間の皆さんも塩漬けになった。

これがジャパンウェイ。サンフレッチェ広島で育まれた日本の塩試合である。


つまり塩試合とは何なのか

塩試合にも2種類ある。

望まれない塩試合(undesired salt game)

こちらは、低調なパフォーマンスや、戦術の不備などによって、見所のない試合が生まれてしまうことである。「情けない試合(しょっぱい試合)を見せてしまって申し訳ない」とプロレスラーが謝ったのは、こういうタイプの試合のことだ。

意図せずエンタメ性が下がってしまったということを意味していて、監督や選手にとっては不本意な結果である。


意図された塩試合(controlled salt game)

こちらは、試合の見所となる得点にまつわるスリリングなシーンを意図的に排除した試合のことを言う。もっとも、塩漬けにも色々な種類があり、森保監督ほどの匠であれば、多種多様な塩漬けの手法を持っているはずである。

肝は、試合に見所を作るとか、気持ちよく勝つとか、日本人らしいサッカーをお客さんに見せるという発想が、一片たりとも存在しないことだ。

相手の攻撃を塩漬けにし、塩漬けにした状態で、確実に得点できる方法を、延々と実施し続ける。まるで再放送のように、同じような相手のミスが続き、同じような味方のミスも続いていく。

しかし、こちらの攻撃のほうが確率が高いので、よくわからないうちに得点している。もちろん、オマーン戦のように幸運に助けられて得点をすることもある。それはそれなのである。結果としてリードしたならば、塩漬けのまま試合を終わらせればいい。

そして「厳しいタフな試合でしたが選手たちがよくやってくれました」とコメントするだけである。

塩作りの匠にかかると、どの試合も「厳しくタフ」な見かけになる。気持ちよく楽勝で勝つという試合展開にはならない。味方はとても苦しそうに試合をする。しかし、それ以上に相手は苦しむ。

そして、一番苦しむのが我々視聴者なのである。


だから文句を言いたくもなる。しかし、勝っているのだから文句は言えないのではないか。いやいや、それでも苦情はあるようだ。こんなサッカーでは駄目だ、改善点が多すぎる、薄氷の勝利だ、と。

そして、試合がつまらないという苦情は、形を変え、先代の塩職人ヴァヒド・シオヅクリホジッチを解任まで追いやった。

確かに、ヴァヒド・シオヅクリホジッチの試合はつまらなかった。本当につまらなかった。オーストラリアに圧勝した試合などを除いて、本当につまらない試合に耐えながら、W杯の開幕を待っていた。

選手の個性は消え、相手の良さも消える。特に見所がない試合も多く、そのまま負けることもあった。

それでもW杯を待っていた。ヴァヒド・シオヅクリホジッチが、強豪国を塩漬けにしてくれることを期待しながら。

先代としては不本意だろうと思うが、塩作りの意志は、後任の匠森保一監督が引き継いだ。

今日のベトナム戦はどうなるのだろうか。
格下ではある。普通にやって勝てる相手ではない。

減塩料理に定評があったアルベルト・ザッケローニ監督ならば、サイドバックにハイポジションを取らせ、流れるような連携でディフェンスブロックを崩し、ハイライト映えする華麗なゴールを演出したことだろう。

しかし、塩作りの匠はそうしない可能性もある。何故ならベトナムには勢いがあるからだ。相手の勢いに付き合っては万一のことが起こってしまうかもしれない。

大切なのは、相手の長所を確実に潰して、塩漬けの試合を作ることだ。何も出来ないベトナムに対して、それほど有効な攻撃が出来るわけでもない日本。

試合は停滞する。両者攻めあぐむ。しかし、最後には1−0で日本が勝っている。そんな未来が待っているかもしれない。

ベトナム相手にまさかの苦戦!日本優勝に黄色信号?!

こんなニュースが躍るかもしれない。しかし、匠の気持ちは揺らぐことはない。

大切なのは、ファン・サポーター、自然の恵みに感謝しながら、美しい塩漬けを作ることだから——。

ーーーーーーー 補足 ーーーーーーーーーー
500さんから、「ぼくは森保・ハリルの試合を楽しんできました念の為」というコメントを頂いたのでこちらに紹介させて頂きます。

ぼくは、ハリルのサッカーは最初は本当に全然面白さがわからなくて、でもブラジルW杯で負けた悔しさもあったので、勝てるならいいかと思っていたのですが、正直言ってザックジャパンの時よりも試合を楽しめていませんでした。

ただ、オーストラリアに完勝するなど、強い相手に対して勝てるサッカーであることを見るにつれて、W杯までは見届けようと思っていたのですが、2ヶ月前に解任しやがってバーヤバーヤ!!

当時の怒りの記事はこちら

ハリル事変が起こった原因として、サッカーについてもっと勉強しなかった自分の責任もあるのかと思い、あれこれ学んだ結果、森保塩作りは楽しめてます。

補足終

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というわけで、何の記事を書いているのか自分でもわからなくなってきたところで、記事はおしまいです。

ニコ生の裏実況・解説では、個々のプレー解説や戦術分析などだけに止まらず、森保監督の思考を読み解き、記録することを目的に番組を作っています。それを続けた結果が、この文章です。

サッカーは、真面目に勉強しようと思わず、自分なりの見立ててをしながら楽しんでいくスポーツだと思っています。ニコ生では「新元号を冨安にしよう」などの面白いコメントを拾いつつ、視聴者と共に番組を作っていこうと努力しています!!

今晩のベトナム戦も是非ご視聴ください!

↑タイムシフト予約をして頂くと、後からでも視聴できます!


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内容はアジアカップ優勝のために森保監督が仕組んだ真の狙いについての考察です。


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塩作りの匠、森保一監督が、ベトナムの生春巻きを塩漬けにする日。

中村慎太郎

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中村慎太郎

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