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サンダルありますか?

朝から鳴る電話はロクな要件ではない。
誰かが熱を出したとか、誰かの身内が亡くなったとかで急な欠勤の連絡だったりすると、シフト表とにらめっこしながら大慌てでレジシフトを作り替え、レジ台に貼りなおすことになる。
「昨日買った商品に不具合がある」と言ったクレームの類も、大抵朝に電話がある。詳細を聞き取り、その場にお客様がいらっしゃるかのようにペコペコしながら、ご来店をお願いする。
これらの電話はかかる理由がわかる。相手は必要だから架けている。
問題は「それって必要?」と言いたい、くだらない内容の電話である。
今朝の電話はまさにそれだった。

「お客様から靴服にお電話です」
事務所の人が簡単に告げる。クレームの場合は事務所にかかった段階でそう仰る方が殆どなので、こういう時は違うことが多い。
さあ、なんだろか、と思いつつ受話器を取った。
「オタク、サンダル売ってるかしら?」
私と同年代かそれ以上と思しき、女性の声である。

一口に『サンダル』と言っても、色々解釈できるので困る。
『ビーチサンダル』をお探しなら、ウチの売り場ではなく水着売り場をご案内しなければならない。今はもう水着は撤収したので、取り扱いはない。「サンダルありますか?」とだけお尋ねになる方が圧倒的に多い商品である。
『ナースサンダル』は通年で取り扱っている。これも『サンダル』とだけ言ってお探しになる方が多い。大抵は看護師さん風の女性だ。自分たちが呼ぶときは『ナース』を省くのだろうが、ナースでない私達にとっては『ナース』がないと何のことかわからない。お客様の外見で判断して「ナースサンダルでしょうか?」と聞き返すことにしている。九割以上当たる。
『ドライビングサンダル』は運転手さん風の男性がよくお尋ねになる。これもただ『サンダル』といって探される。よくよくお話を伺うと、ああはいはい、となる。涼しくて疲れなくて良いんだそうだ。常連さんだと迷うことはないが、ちょくちょく一般人でも購入される方があるので、そういう時はややこしいやり取りになる。
実は『ドライビングサンダル』は俗称で、メーカーはただの『男性用サンダル』という名称で売っているので、在庫の問い合わせをする時などは要注意である。メーカーには通じない。
ベランダなどで履く所謂『つっかけ』を『サンダル』と仰る方も多い。これは私もわかるが、お尋ねは「サンダルどこ?」なので、「どういったサンダルですか?」とやっぱりお尋ねし返さなくてはならない。
普通のオシャレな『サンダル』も勿論取り扱っている。このお尋ねも「サンダルはどこですか?」である。
ああ、なんてややこしい。

ご来店されたお客様の「サンダルどこ?」にすら、これだけ色々な可能性があるというのに、電話で聞かれると超絶面倒である。
「あの、どういったサンダルでしょうか?」
という質問をやっぱりすることになる。
「お庭で履くようなやつよ」
と仰るので
「ではベランダ履きとか、つっかけ、といった感じのものでよろしいでしょうか。そちらでしたらお取り扱いございますが」
と答えると、
「そういうんじゃないのよねえ」
という答えが返ってきて、じゃあどんなんやねん、と関西弁でマスクの内側でツッコミを入れる。

「近所にちょっと履いていくのに恥ずかしくないような、ちょっとおしゃれな感じの、でも高くないやつよ」
私はベランダ履きでも近所に回覧板を回す時くらいなら履いていくが、この人はそうではないのか。それにしても難しい質問になってしまった。
「まあ、恥ずかしいかどうかはお客様ご自身のご判断になりますが・・・夏物の『サンダル』はもう在庫限りで、今は処分品しかございません。サイズも色も限られております。ベランダ履きもデザイン、お値段は色々ございます。是非一度ご来店頂きまして、お手に取ってご覧くださいませ」
ご来店をお勧めするのは、こういう面倒な電話を切る時の常套手段である。これ以上突っ込んでくるお客様は少ない。
が、敵はちょっとツワモノだった。
「オシャレな感じのが欲しいんだけどねえ。普通のベランダ履きはダメなの」
何を以て「オシャレ」「普通」とするのか。人の判断基準は色々だということへのあまりの理解のなさに、呆れるのを通り越して驚きしか感じない。
「ええ、その辺りもお客様によってご判断は分かれるかと思いますので、御面倒でも是非一度ご来店下さいませ」
ええい、来いっちゅうてるに。
「そうねえ、涼しくなったら伺うわ」
お客様はそう言って電話を切った。
今日でなくてもええんかい。まあでもヤレヤレである。
涼しくなる頃には、夏物のサンダルはもうないだろうけど。

そんなわけで「サンダルありますか?」は私達にとって、とても面倒な質問なのである。