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不愛想なウルトラマン

流通業と言うのは従業員の入れ替わりが激しい業態だな、とよく思う。パートタイマーが従業員のほぼ8割近くをしめるからかも知れないが、若いころ勤めていた会社に比べるとかなりの頻度で人が入れ替わる。
関西にいた頃に勤めていたスーパーもご多聞に漏れず、急に正社員が辞めてしまったり、他業種から転職してくる人がいたりで、いつも人が出たり入ったりしていた。
私が最後にお世話になった直属の上司はYさんと言った。一宮というところにある支店から転勤して来られたと聞いていた。

Yさんの前任者は、こう言っては失礼だが『これでも社会人って言えるんだ』とあきれるくらい、仕事に対する情熱がなく、感情のコントロールがきかず、その癖人一倍プライドの高い、とんでもなく扱いにくい人であった。当然業績は低迷していたし、私達パートも様々な迷惑を被っていた。
こういう人は日頃不平や不満を言いっぱなしの割に、何故か辞めることはない。他店舗にも人の情報と言うのは伝わるものらしく、来て欲しいという店舗もないから、一か所に長く居座るのが常だ。
彼も随分長い間ウチの店にいたが、3年ほどいてやっと他店舗に転勤して行き、私達パートは胸をなでおろした。

Yさんはちょっと変わった人だった。
この業界の人に限らないのかも知れないが、新しく来た人は大抵、前任店や出身地、年齢、家族構成などを何かの折に少し話したりしてくれる。それで大体、人となりがわかる。
だがYさんは何も話さなかった。喋るのは業務に必要なことだけ。無駄口をたたかないのは良いことなのだが、一体どんな素性の人なのか、長い間皆目謎だった。
表情もほぼ全くない。感情の赴くままに笑ったり怒ったりを繰り返していた前任者にはいささか辟易していたが、こうまで極端に様子が違うと面食らった。ぶすっとしている、と言うのではない。のっぺりしている、という表現が強いて言えば合うと思う。

そのうち、少しだけYさんのことが漏れ聞こえてきた。
年齢は20代後半。この会社には数年前に転職してきたそうで、出身は関西。独身。身長は180センチ以上ある。
以上、である。他は何もわからない。

物凄く仕事が早い。きっと頭の中で仕事の流れが先まで見えて、整理できているんだなあ、と思った。
「あの人さあ、いつも踵地面から浮いてない?」
とはベテランレジ係のFさんがYさんを評して言った言葉だが、当たっている。じっとしていない。いつも何か仕事をしている。パートだけで商品出しが追い付かないと思えば、自らも仕事の合間に出しに来る。その速いことと言ったら、傍で出していた同僚が「落ち着かない」と言ったくらいである。
発注も物凄くマメにする。面倒くさがる担当者は、ドカッと一度に納品させるようにするものだが、これだと食品はどうしても廃棄率が上がる。売れ残った分の賞味期限が切れてしまうからだ。
Yさんは一度に入れる適切な量をきちんと商品毎に考えて、丁寧な発注作業をしていた。勿論発注漏れなど一度もなかった。
一般食品の総アイテム数は8000~10,000くらいあったと思うが、全ての商品について熟知しており、仕入れ値から原材料、添加物に至るまで、何を聞いても即座に詳細な答えが返ってきた。

混んでくればレジにも入るのだがこれも物凄い速さで、あっという間にレジ待ちの列が短くなっていくのを私たちは半ば笑いながら見ていた。
「シャア!って感じやなあ」
「ウルトラマンが助けに来たで」
と同僚とふざけていたが、私達がそんな風に言っていることを知ってか知らずか、Yさんはそんな時もポーカーフェースであった。

着任して半年くらい経つ頃になって、やっと会話の途中で少し笑顔を見せてくれることがあるようになった。が、みんな笑わないYさんに慣れっこになっていたので、そういう時は
「ちょっと、ちょっと、今日Yさん笑わはったで」
とパートの間でちょっとした話題?になっていた。

前任者も、Yさんも同じ職種で同じ店である。パートのメンバーも同じである。人一人変わるだけで、こうも店が変わるのかと驚かされた。
Yさんは前任者の残した不良在庫を愚痴一つ言わず上手に売りさばき、短期間で売り上げを回復した。それでもドヤ顔するでもなく、今までと同じように毎日地に踵を着けず、『飛ぶように』働いていた。

こんな調子だから、誰もYさんと込み入った話をした人はいなかった。
私は希望日の1か月前にYさんに退職の申し出をした。パソコンに向かって発注作業をしていたYさんはその時だけちょっと手を止めて、
「なんで?」
と驚いたように私を見た。
「夫の転勤で、関東に行くことになりまして」
と言うと、
「そうかあ、じゃあしゃあないな」
と言って天井を見上げ、
「店長には?」
と言った。
「まだです」
「じゃあ、言って。早い方が良い。今日にでも」
そう言ってすぐ、Yさんは再びパソコンに向かった。
これが私がYさんと交わした一番長い会話である。

愛想がないわりに、私達パートの間では結構な人気だったから不思議である。
出勤最終日に私が挨拶をした時も、
「あ、はい、どうも」
で終わりであった。
「もうちょっと言うことあるやろー!お元気で、とかお世話になりました、とかなあ!」
と同僚は笑いながら言ったが、私はYさんらしいと思っただけだった。

今もどこかの店舗で踵を浮かせたまま、忙しく働いておられるのだろう。
きびきびしたお姿を、時折ちょっと懐かしく思い出すことがある。