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孤独な呑兵衛たち

開店前の掃除の話はよく書かせてもらう。実に様々な『遺留品』があって、いつも掃除しながら想像を逞しくしている様子も以前に書いた。
毎度で恐縮だが、今日もそんな『朝の遺留品』の話である。

どこもそうだと思うが、売り場内にはどうしても、『死角』になる場所がいくつか存在する。そういうところには高額商品は置かず、ウチだとベランダ用のサンダルや、季節外れの、半額以下の投げ売りになった商品を突っ込んでいるワゴンなどが無造作に置かれている。朝の掃除はちゃんとするが、日中は商品整理もそれほど熱心にしない場所である。
季節を先取りした、正札の商品を置いているメインの棚からは随分離れているが、万引き犯が小細工(値札をちぎったり、こっそり鞄に入れたり)をする空間になり得るので、こういうところには防犯カメラが必ず備え付けられている。
が、あまり『人の目』は届かない。

こういうところにもニーズはあるので、一応試着用の椅子が一つ置いてある。この椅子は結構良いものらしく、クッションが良い上に高さも絶妙で、お客様曰くは『座り心地が良い』らしい。(但し私自身は座ってみたことがないので知らない。)
朝、掃除をしていると、死角にあるこの椅子の傍にポツンと置いてあるものを時折見つけることがある。
『ワンカッ〇』や『ストロングチュー〇イ』と言った酒類の空き瓶や空き缶である。
隣にある食品売り場で買って来て、こっそりとここで封を開けるお客様がいらっしゃるらしい。いつも苦笑しながら片付けている。勿論、ここは飲食をお断りしている場所だからあまり嬉しいことではないのだが、飲んでしまったものはしょうがない。

遭遇率は多くて週一回くらいかと思う。夏はチューハイやビール、冬はワンカッ〇が圧倒的に多い。皆さんやっぱり、気候にあったものがお飲みになりたいようである。
何故か缶を倒したりはせず、『キチンと』椅子の下に隠してある。へべれけではなく、理性が残っている状態での飲酒をなさる、ということなんだろう。
うっかり気付かないと、掃除しようとして椅子を動かした時に倒してしまう。が、勿体ないと思うのか、皆さん最後の最後の一滴まで綺麗に飲み干してあるので、中味が流れ出して大騒ぎになったことは、今のところただの一度もない。
これが子供さんの飲み差しのジュースだと、結構チャプチャプに入っている状態で置きっぱなしになっていることが多いから大変だが、こと酒類の容器に関してはその心配は皆無である。

どんな方が、どんな風に、いつ、どんな状況下で、こんなところでプシュッとやろうと考えてやって来るのだろう。
近隣には安い居酒屋も沢山あるし、遅くまで開いているファミレスなんかもある。飲もうと思えばどこでも飲めると思うのに、どうしてこんなところで、隠れるようにして飲酒するのだろう。
しかもおそらく酩酊状態ではなく、容器を隠す理性を保った状態で。

置いてある容器はいつも必ず一つきりであるから、恐らく一人飲みだろう。テーブルはないので、手に容器を持ったまま、一杯やるものと思われる。
飲み屋に行けば他の客が居るから一人にはなれない。外は一人になれるけど、雨風や暑い寒いは凌げない。地面に直に座るのだって、ちょっと抵抗があるだろう。
ここだとおあつらえ向きに、座り心地の良い一人用の椅子がある。風雨は勿論入ってこないし、冷暖房は完備だ。周りは明るいが、幸い店員はメインの売り場の方が忙しいから、あまりやってこない。遅い時間になるほど従業員の数も客の数も減るから、それだけ見咎められる確率も低くなる。
ここはちょっとした『隠れ家』的な空間になるのだろう。

不思議と周囲にゴミが散らかったりしていたことはない。
ただ酒の容器だけが整然と置かれている。朝の開店準備の喧騒の中で、そこだけがまだ前日の夜の余韻を残しているような気がする。
閉店までの僅かな時間、隠れるように売り場の片隅で酒の容器を傾ける時、孤独な呑兵衛たちは何を考えているのだろう。
そうやって飲む酒は、果たしてどんな味がするんだろう。
どうして持って帰って家で飲まないんだろう。
立ち去る時、少しは良い気分になっているのだろうか。
ちょっと訊いてみたい気がしている。









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