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アウトレットランドセル

私はとある大手スーパーの、関東地方の一店舗に勤務している。所属する売り場は靴・服飾雑貨。ランドセルもウチの売り場の取扱品である。
この店は近隣に若い世帯が比較的多いせいか、ランドセルの売り上げが近隣のどの店より多いらしい。
ランドセルは現在、基本的に予約販売なのだが、その受付も昨年十二月の下旬に終了した。昨年も、大勢のプレ小学一年生がご家族と共に来店して、小さな背中に誇らしそうにランドセルを背負う様子を、微笑ましく見せて頂いた。もうあの光景とも六月までオサラバだと思うと、ちょっと物足りない気がしている。

年明けの目玉企画として我が店では今年、ランドセルのアウトレット販売を実施した。勿論現品限り、売り切れ次第終了。値段は五千円と一万円の二種類である。元値は安いものでも三万円以上だから、かなりお得なお値段になっている。
全て展示品だったものだが、よく売れる店だということで、近隣の他の店の在庫も送り込まれてくる。展示品なんて、と思われるかも知れないが、考えてみれば展示品を乱暴に扱うことなんてほぼゼロに等しいから、ちょっと上にかかっている埃避けのビニールが黄ばんでいることを除けば、何の遜色もない。
予約販売は色々と手間がかかって接客もレジ操作も大変なのだが、アウトレット品は普通の鞄と同じように売って良いので楽だ。
しかし、今は一月。入学式まであと三ヶ月程度のこの時期に、ランドセルをわざわざ買いにやってこられるお客様はあまりいない。

ちょくちょくあるのが転校生。前の学校には必要なかったが、ここでは必要、というパターンである。だからお子さんは小さくない。親も子もめんどくさそうだなあ、と感じることが多い。癖で『おめでとうございます』といってしまわないように注意することになる。必要なこととは言え、出費が増える親御さんの心中を思うと、気の毒になってしまう。
珍しい所では買い替えの需要も稀にある。同じお子さんが二つ目のランドセルを購入されるのだ。詳しい事情はお聞きしないが、帰り際に
「今度は大事に使うんだよ!!」
とお母さんがお子さんにブツブツ言っている様子もお見受けするので、きっと使用に耐えないくらい壊してしまったのだろうと思う。
大抵、わんぱくそうな低学年の男の子が多い。

ランドセルには保証書がついている。これの『お買い上げ日』に記入するのも私達の仕事の一つだ。
日付は『○○年四月吉日』。西暦で、ご入学される年を書き入れる。上記のようなパターンだと迷うが、取り敢えず『保証期間』を明示するためのものだから同じように書く。
この日付から六年間が保証期間になる。但し酷い扱いをして壊れた場合は別だ。わざと鍵を悪戯で壊したとか、落書きをしまくったとか、そういうのは保証の範囲外となる。二つ目のランドセルを買うお客様はこのパターンなんだろうと思う。

年明け早々、私はこの『保証書』のことでやらかしてしまった。
レジに五千円のランドセルを持ってきたのは、
「これ下さい!」
としっかり言う幼稚園くらいの女の子だった。後ろからご両親がついてきている。
「ありがとうございます。おめでとうございます」
丁寧に受け取り、保証書に『二〇二四年四月吉日』と書き入れて中にしまう。説明して、お見送りしてほっとしていたところ、一時間くらいして親御さんがお子さんを伴って再びやってきた。お母さんが申し訳なさそうに言う。
「あのお、保証書の日付を変えて頂きたいんですけど」
?私はなんのことかわからず、そばで畏まっているお子さんを凝視した。お母さんが続ける。
「この子、年中さんなんです」

まさか一年以上早くに、しかもアウトレット品を購入される方があるとは思いもしなかった。確かに今年初めての企画だし、来年やるかどうかは分からないから、お得に買えるのは今回限りかも知れない。お気持ちはわかる。わかるが早すぎないか。
そうは思ったが、どうしようもない。超レアケースである。レアケースを引き寄せてしまう自分の体質?が恨めしかったが、お客様はお待ちである。正月二日目の朝一番で、売り場には私一人。ああ、もうどうしようもない。
しょうがないのでお客様の仰るまま、一年ずらして保証書の日付を訂正してお渡しした。

後から出勤したYさんに確認すると、
「あくまでもこの四月入学を想定して作ったものだから、勝手に保証期間を延ばしちゃだめだよ」
と言われてしまった。
そりゃそうだ。冷静に考えればわかるのに、またテンパっていたらしい。どうもあわてんぼうで困る。
「まあ、しょうがない。想定外だよねえ。良いよ良いよ。滅多にないと思うけど、今度そんなお客様が来られたら、そう説明してね」
笑顔でYさんに言われて、スイマセンと初謝罪をすることになってしまった。

あのお嬢さん、しっかりしてそうだから取り扱いは大丈夫だろう。
それにしてもご購入されるランドセルはせめて翌年用にして頂きたいと、切実に思ったことである。






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