見出し画像

早く一般常識になあれ

折り畳みの傘に開閉ワンタッチ式のものが出だしたのは、どのくらい前なのだろう。少なくとも私が若い頃はなかったように思うから、ここ十年以内なのかな、と思う。
我が売り場でも年々、取扱量が少しずつ増えていっている。日傘も雨傘もあるし、婦人用も紳士用もある。初めの内は二、三種類程度だったデザインも豊富になりつつあるし、ドンドン軽量化されていっている。
荷物で手が塞がっている時にも片手でさっと広げられて便利だから、きっと需要は多いだろう。お値段も手ごろになってきているから、そのうち手動式に代わって、折り畳み傘の売り場を席巻するようになるかもしれない。

このワンタッチ式折り畳み傘、実は売る側の私達にとって、ちょっと悩ましいことがある。
大抵は持ち手に大きめのボタンが付いており、これを押すと傘がパッと開く仕組みだ。当たり前だ。誰でもそうやって開けようとする。
問題は閉じる時だ。
実はこの傘、『広げる為のボタンを再び押す』ことによってしか、閉じられない。どうして、といわれてもそういう仕組みになっているのだからしょうがない。
そんなの当たり前じゃないか、という方も世の中には大勢いらっしゃるだろう。でもこの仕組みに慣れていないお客様は、なんとかして『手動で』閉じようとなさる。多分、ジャンプ式長傘の感覚なのだと思う。
しかし悲しいかな、これが梃子でも動かない。そして、
「どうなってるの、この傘!買ったばかりなのに、閉じられなくなっちゃったんだけど!壊れてるじゃないの!!」
と怒りを露わにしながら、私の入るレジまでお持ちになるのである。
大体は五十代以上のお客様だ。男女は同比率でお越しになる。

こういう事態を避ける為、傘の製造会社は『ワンタッチ式折り畳み傘のお取り扱いについて』という小さな注意書きを商品に必ず添付している。ちゃんと図に矢印までつけて、これ以上無理なくらい、分かりやすく丁寧に説明が書いてある。
が、商品につける札だから、いかんせん字も絵も小さめである。『壊れてる』と言ってお持ちになるお客様の大半が恐らく私同様、老眼の方であろうと思われる。老眼鏡をかけずにこの解説を読むのは確かに辛い。いちいちこんなものを読むために、老眼鏡をかけるのが面倒くさいのもよくわかる。
でもやっぱり、何か変だと思ったら取り敢えず説明書は読んで欲しい、と思うのが売る側の偽らざる気持ちである。

お客様にご足労願うのを避ける為(というのは大義名分で、本当はこういうしょうもないクレームに時間を取られるのを防ぎたい為)、ワンタッチ式折り畳み傘をお買い上げのお客様には
「こちらワンタッチ式でございますが、ご利用は初めてでしょうか?」
という問いかけをすることになっている。
ここで素直に
「ええ、初めてなの。何か普通の傘と違うの?」
と聞いて下さる方は、決して『壊れてる』なんて言ってこない。ちゃんと動作確認をし、お客様ご自身で『開閉の練習』もして頂いてから、商品をお渡しするからだ。
問題は急いでいる方、及び面倒くさがりの方。
「初めてだけど、動作確認なんて要らないよ。使ってりゃ大体わかんだろ」
と早々に立ち去る方は、戻ってこられる確率が非常に高い。
面倒くさがりも大概にした方が自分の為だと、つくづく思う。たかだかレジでの二、三分を惜しんだために、わざわざ二回も同じレジに足を運ばねばならなくなるのだから。非効率なこと、この上ない。

もっと困るのが『デストロイヤー』。壊していくだけの方である。
物珍しさに『ほほう』と手に取り、試しに開けてみたものの、閉じ方が分からない。『なんてことだ、閉じられないぞ。マズイ、自分が壊したかも知れない』と焦るのだろう、一生懸命『手動で』なんとかして閉じようと躍起になるようだ。
やがて傘の方がお客様の腕力に負けて、『本当に』壊れてしまう。そしてそのまま売り場に放置されていることがとても多いのは、嘆かわしい限りである。
こうなると店としては廃棄処分するしかなくなってしまう。
ご覧になりたいだけでも全然かまわないから、ちょっと一声かけて下されば使い方をお教えするのに、といつも残念な気持ちになる。

若い方は使い方をちゃんと分かってらっしゃる方が多いし、ボツボツこっちの方がスタンダードになりつつあるのかな、と思うが、今はまだ知らない方の方が多数派のように感じる。
『ワンタッチ式折り畳み傘の開閉は、どちらも同じボタン一回押し』なのだ、という事が世間一般の常識になってくれる日は、まだもう少し先のようだ。







この記事が参加している募集

仕事について話そう