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困った血筋

先日職場で『エラーリスト』なるものを書くように言われた。
私達はそれぞれ決められた退勤時刻があるが、それを五分以上オーバーしたり、逆に早く上がってしまったりすると、その理由を書くように事務方からこの書類で指示が来る。どうしても接客が長引いたり、体調が悪くて早退したりするとこれに記入する必要が生じる。
記された日付を見て、あれっ?となった。シフト表で決められた時刻通りに退勤したにも関わらず、『早退』となっている。明らかにおかしい。退勤の打刻をしている時刻も決められた通りだ。なんだこれ?と思ったが、何か書かないといつまでも事務方を待たせることになってしまうので、首をひねりつつ、
『スキャンミスの為』
と適当なことを書いて提出した。

翌日、事務方から件のエラーリストが『不備』で戻ってきた。見るとこんなことが書いてある。
『早退の理由を具体的に書いて下さい』
誰が書いたのか、記名も印鑑もない。指示するなら名乗れや。カチンときた。だから早退なんてしてへんってば!ムッとしつつ、こう書いた。
『早退はしていません。既定の時間通りに上がっています』
目をかっぽじって見ろや、と思いつつ憤然と提出して帰った。

その翌日のことである。
K課長の後任になったDさんが、出勤するなり私を拝むようにしてこう言った。件のエラーリストを手にしている。
「ゴメンよ~エラーリスト上がっちゃって。K君(前任の課長)が間違えて三十分後の時間に上がるように入力しちゃってて、それがそのまま退勤時刻として登録されてたみたいなんだよ。在間さんに渡したシフト表はボクがYさんに聞いて作ったものだから、ちゃんと時刻合ってるんだ。実際の入力時刻なんて在間さんにはわからないよね。ホントごめんね~」
戻ってきたエラーリストをよくよく見ると、確かに三十分後に退勤時間が設定されているように隅の方に記載がある。字が小さすぎて見逃していたようだ。やってしまった。
「わあ、すいません!てっきりシフト表の通りだと思ってました」
目をかっぽじらねばならなかったのは私の方だった。慌てて再び書き直す。Dさんはどこまでも穏やかだ。
「そりゃ誰だって、シフト表通りだと思うよね~。普通はそうなんだから」
いえいえ、Dさんは悪くありません。見落とした私が一番悪いけど、元を正せばK元課長の置き土産のせいなんですから。
『退勤時刻入力ミスのため』
と正解を書いて、Dさんに渡した。やれやれ。

どうも私には、この調子ですぐに『ケツをまくる』癖がある。歳をとって随分穏やかに?なったとは思っているのだが、こういう時はついケンカを売られたような気分になって、気色ばんでしまう。
冷静に書類を見ていれば、こんなミスをすることはない。なのに自分の確認を疎かにしたまま相手の出方に反応して、すぐに「コンチクショウ、やりやがったな」と戦闘モードに入ってしまう。いけない癖であるとは思っているのだが、どうもこの瞬間湯沸かし器的な性格はなかなか治らない。
これは遺伝によるものに違いない、と確信している。ウチの母がすぐに『ケツをまくる』人なのだ。嘆かわしいことに、この点はとても似ていると自分でも思う。

「なんだと、やる気か?」という雰囲気を露わにしてケンカモードに入るのは、一見怖いもの知らずで勇ましいようだが、実は無鉄砲な、勢いだけに任せた愚かな行為である。今回の私の失敗が良い例だ。
先ず落ち着いて慎重に状況判断をする、という大人として当たり前に取るべき姿勢が取れていない、と言う事でもある。つまりいつまで経っても視野が狭く直情的で子供っぽい、と言うことで、恥ずかしいことこの上ない。
しかし齢八十を超えた今もなお、母の『ケツをまくる』癖は全く治っていない。私も気をつけないと、猛々しくいけ好かない婆さんになってしまいそうだ。三つ子の魂百まで、なんて悠長なことは言っていられない。
ちょっと焦る。

気の毒によっぽど私の書き方が怖かったのだろうか、先輩のYさんもMさんも私に謝ってくれた。その度に申し訳なく恥ずかしい気持ちになった。
速攻で『ケツをまくる』癖もほどほどにしないといけない、と反省しきりである。