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えこひいき

Dさんはレジ担当ではないが、私と同じ短時間勤務のパートである。
子供さんは全員独立し、ご主人とのんびり二人暮らし。ご両親は既に他界されている。ご主人は身体が弱く、入退院を繰り返されているとのことだが、Dさんに悲壮感はない。しょっちゅうのことで慣れっこ、なんだそうだ。
そんな具合だからDさんは『のんびり暇つぶし程度に働ければいいや』という感覚なんだそうで、勤務時間は私より短い。でも仕事ぶりは丁寧で、Dさんを見ていると、ついついあくせく作業しがちな私なぞは、あ、いけない、雑になってる、と恥ずかしくなってしまう。

私の職場では、短時間勤務のパートでも『昇進』がある。希望した人にのみ適用される。
しかし昇進すると時間給が上がるため、ずっと同じ時間数で働いていると、配偶者の扶養内に収まらなくなってしまったり、所得税の非課税枠を超えたりしてしまうので、初めから希望しない人も多い。私もそっち側の人間である。
だが最近は最低賃金が上がってきており、それに伴って時間給もジリジリと上がってきている。働く側にとっては喜ばしいことではあるが、一人当たりの勤務時間数はどうしても減ってしまうので、シフト調整が年々大変になっている、とH副店長がよくこぼしている。
Dさんは『昇進』を希望している。同じお給料で勤務時間が短くなるならラッキーじゃないの、と言う。周りがどう言おうと選択肢としてあるのだから、そういう考えもありなんじゃないか、と私は思うが、Dさんのこの選択に良い顔をしない人は多い。『空気読め』という感じだが、Dさんは蛙の面に水。一向に気にしていないようで、見ていてちょっと面白い。ある意味『強い人』だと思う。

『昇進』しようと思うと、当然査定がある。するのはH副店長だ。
仕事が早く、従業員の声を敏感に聞いてさっと動ける、『デキル』上司である。私はとても頼りにしていて、困った事があるといつも相談させてもらっている。有難い存在だと思っている。
ところがDさんはこの人が苦手なのだそうだ。
「Mさんを『えこひいき』するじゃない?」
と言うのだが、私にはよくわからない。

H副店長は主に衣料品を管轄する役席者なので、私達の売り場にもマメに来てくれる。何か困った事が起こっていないか、小さなことでも聞いて、職場環境を少しでも良くしようと日々骨を折って下さっているのがよくわかる。
細い目がひょんと下がっているせいかも知れないが、いつも柔らかい表情だ。厳しい言葉を頂くこともあるが、理不尽な叱責や仕事の放置はない。
この人が『えこひいき』するとは、私には到底思えない。
でもDさんの目にはそう写るらしい。

Mさんは少し前に、レジ担当から売り場担当に自ら志願して変わった人である。勤務時間数も短時間からフルタイムに変更し、準社員になった。
ご本人は
「お金が要るんですよ」
と苦笑いするが、この仕事がとても好きなようで、いつもイキイキと仕事している。まだ慣れないので失敗も多く、その度に上司のYさんに注意されては凹んでいるが、真面目に一生懸命仕事する、一緒に働いていて気持ちの良い方である。必然的に売り場内での信頼も厚い。私もとても頼りにしている。人当たりも良い。
ただ、ちょっと頑張り過ぎるところがあり、そういう意味では危なっかしい。周囲も心配している。H副店長も例外ではない。
ところがこれがDさんのカンに触るらしい。
「頑張ってるのはMさんだけじゃないのに」
と眉を顰める。

誰がどう見ても、Mさんの評価は高くなると思う。『えこひいき』なんかしなくたって、彼女の真摯な仕事に対する姿勢を日頃見ていれば、誰だってそうだろう。
要するにDさんは自分にない姿勢を持っているMさんが羨ましいのである。
私はそう思って見ている。

でも私から見れば、Dさんだって凄い。
レジ操作はちょっと覚束ないが、私だって似たようなものだ。大きなものや複雑な形状のもののラッピングを頼んでも、丁寧に見栄えよく仕上げて下さる。
主な仕事は紳士靴の発注だが、発注漏れや在庫調整ミスはゼロに近い。
お客様がぐちゃぐちゃにしていった売り場をいつも綺麗に整えている。Dさんの整頓した後は商品が見やすい。一つ一つの商品をよく分かっていないと出来ないやり方だと思う。
H副店長だって、そんなDさんをきっとちゃんと見ているに違いない。

嫉妬の感情は誰だって持っている。
ただそれを表に出し過ぎると、折角のその人の良い所が台無しになってしまう。
不満そうに頬を膨らませるDさんに、
「H副店長はちゃんと見てらっしゃいますよ。大丈夫ですって」
とだけ言って、私は陳列棚を掃除してきます、と言ってレジを離れた。

お客様の為にも、自分の為にも、仕事仲間とはいつも気持ち良い関係でありたいものだ。






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