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はいはい、聞いて差し上げますよ

先日レジに入っていたら、七十代くらいの男性がニコニコしながらやってきた。
「スイマセン、ビーチサンダル置いてますか?」
と仰る。
目が点になった。あと十日もすれば冬至である。
ウチの売り場は夏でもビーチサンダルは扱っていない。二階の水着売り場では少し扱っているが、勿論夏限定である。
「申し訳ございません。生憎ビーチサンダルは夏季のみのお取り扱いになっております」
畏まって頭を下げると、男性は
「普通そうだよねえ。困ったなあ」
とニコニコしたまま、腕組みをした。言葉とは裏腹に、全然困っているように見えない。どうしてだろう。
しょうがないので、代用できそうなサンダル系の履物売り場までご案内する。クロッ〇スをお勧めしようかと考えたが、この時期のものは内側に温かいものが貼ってあるので、水辺では無理である。
ああでもない、こうでもない、と一緒にお探ししていると、
「いやあ、実は正月に海外旅行に行くもんでね。向こうでプールに入ろうってんで、そう言えばプールサイドで履くもんが要るなあ、と思ってさ」
お客様はそう言って満面の笑みを浮かべた。
ああ、これが仰りたかったのね。
結局、夏の売れ残りのゴム製のサンダルもどきをお買い上げになった。
「ありがとうございます。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
旅行代理店の店員のような挨拶をすると、
「うん、ありがとう。楽しんでくるよ」
とお客様は上機嫌で去っていった。
マスクの内側でちょっと笑いつつ、楽しそうな背中をお見送りした。

息子が幼稚園の頃、外食に行く前の日に
『明日ね、家族でカニ食べに行くの!!』
とクラス中にふれまわり、暫くの間はお迎えに行くと色んな先生に、
『お母さん、カニ美味しかったですか?』
と訊かれて恥ずかしい思いをした事を思い出す。
男なんてみんな幼稚園児並みなんだなあ、と心密かにクスリと笑う。
悪い店員である。

ところがこういう性質は、どうも男性に限ったことではないらしいということがわかった。
先日、キャリーケースの購入を検討しているという、六十代くらいの女性が来られて、Nさんが対応した。無事ご購入され、お見送りを済ませたNさんが、
「ご旅行行かれるんですって。嬉しいんですねえ」
と苦笑いする。不思議に思ってワケを聞くと、
「『これって、フランスの航空会社の機内持ち込みに対応した大きさかしら?』って仰るんです。んなことわかりませんよねえ。『フランスの航空会社』って言いたかったんでしょうねえ」
とバカバカしそうにいうので、思わずふき出してしまった。
機内持ち込みの可否は、よくお問い合わせがある項目の一つである。
ザックリとした大きさの規定はあるが、実は航空会社やその便の乗客数によっても違うことがあるらしく、『絶対に持ち込めます』とはお答えできない。詳しく知りたければ、お客様がご自身で航空会社に問い合わせて頂くほかない。販売店に確認をとられても、どうしようもないことなのである。
でもお客様は訊かずにはいられなかったようだ。Nさんの感想は的を射ていると思う。

今日はやはり七十代くらいのご婦人が、私のいるレジにやってこられた。手ぶらなので何かお尋ねだな、と思って身構えると、
「ポ〇モンのバスボール、どこにあります?」
とのお尋ねである。
バスボールとは、球状の入浴剤に人形などが入っているものらしい。日用雑貨か玩具コーナーでのお取り扱いになる。
「孫がね、正月に来るんだけど、用意しておいて欲しいって言うの。もう、こっちは師走で忙しいのに、色々言ってくんのよねえ」
と言いつつ、お客様は終始にこやかである。
帰省してくるお孫さんが待ち遠しいんだなあ。
売り場をご案内すると、ありがとう、と笑顔でいそいそと向かわれた。

自分にとって、とてもワクワクする嬉しいことが待っている。誰かにちょっと、このウキウキする気持ちを聞いてもらいたい。『それはそれは、良いですねえ』と言ってもらいたい。
幾つになっても、そんな子供のような心理は誰にもあるものだと思う。
でも大人だから、ちょっと恥ずかしい。『カニ食べに行くの!』と堂々と言えない。でも言いたい。
必要に迫られたフリをしつつ、ちょっと小出しに遠回しに、『実はね、カニを食べに行くんだけどさ』と恐る恐るドヤ顔をしてみる。
この時期はこういう方が多くご来店される、ほのぼのさせられる時期でもある。

こういうお客様と接客する度、人は誰でもこういう、微笑ましく可愛らしい面を持っているのだな、と思う。
人って、良いなあ。