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第76話「世の中はコインが決めている」

 目的の廃墟に着く前、神宮寺が病棟の話をしてくれた。昭和四十年頃、山間の小さな集落で謎の奇病が流行ったらしい。政府は感染を恐れて、奇病にかかった患者を収容するように山奥へ病棟を建てた。

 だが、集落で発生した奇病は収まるどころか、次々と感染者が出た。そのうち、村人全員が感染者となり、世に知れ渡る頃には村人全員が山奥の病棟へ移された。

「当時、その病棟で働いていた医者の証言から世に知れ渡ったらしいぜ。まぁ、よくある話だけど。そのあと、病棟内の患者が次々と亡くなって、やがて世の中から忘れられて廃墟になったらしい」と神宮寺が何故かドヤ顔で説明する。

「ほんで、廃墟になってマニアの間でも有名なんや。ああ、でも心配ないでオカルトチックな話やけど、実際は何も出てけえへん」

 若干の不安はあったが、今さら戻るわけにも行かない。ちょっとした肝試しだと軽く考えるしかない。目的の廃墟に到着するまで気持ちを楽にさせた。

 そして、ようやく目的の廃墟が前方に見えてきた。見えてきたと言っても辺りは闇に包まれており、車のヘッドライトで辛うじて見えるだけだった。

「ほな、降りよか」と倉木先輩は慣れているのか、車から一番に降りて懐中電灯を照らした。

 今回、懐中電灯を持って来ているのは三人。車中で話した通り、なんとなくペアになって歩く。倉木先輩の隣で歩くのは麻呂さん。僕の隣は縁日かざりが歩いている。縁日かざりは自然に腕を組んできた。僕は戸惑いつつも悪い気はしなかった。

 神宮寺は一人で僕たちの少し前を歩いていた。砂利道を歩き続けると、懐中電灯の光でボロボロに崩れ落ちたコンクリートが照らされた。恐らく入り口っぽいが、すでに原型はなく、コンクリートの柱が辛うじて残っているだけだった。

「うわぁ、看板が落ちてる!」神宮寺がそう言って、懐中電灯の光を地面へ照らした。

 木製の看板が目に入る。長い年月で大部分が朽ち果て、病棟の名前も読めなかった。なんとか読めても病棟という文字しかわからない。

「なかなかの雰囲気やな。ごっついところやん。これこそ廃墟や。初めてやけど、これはこれはで楽しもうや」とエセ関西弁で喋る倉木先輩がテンションを上げて言う。

 雑草の生えたエリアを進むと、四階建ての建物がタイミング良く月明かりに照らせて現れた。月が出たことによって、薄っすらだが周りの全貌が視界に入った。結構広いのがわかる。

 ガラスの割れた入り口の前に立ち、僕たちは恐る恐る中へ足を踏み入れた。神宮寺の持っていた懐中電灯の光が強かったので、広い範囲を照らして先頭に立つ。その後ろを倉木先輩ペアと僕のペアがあとをついて行くことになった。

「はじめくん、離れないでね」と縁日かざりが僕の二の腕を離さない。いつの間にか、はじめくんと呼んでいたので、もしかして麻呂さんに対抗したかもしれない。因みに、麻呂さんは、僕のことをはじめくんと呼んでいる。

 入り口から数メートル進むと、受付みたいな場所へ出た。改めて周りを見ると、廃墟というは独特な雰囲気が漂っている。

 壁は亀裂が入り、何故かペットボトルやゴミが散乱している。きっと僕たちみたいに、肝試し感覚で訪れている者が捨てているのだろう。

「あっ……」と突然、麻呂さんが声を出した。

「どないしたん?」

「今、向こうに青白い光が……」麻呂さんはそう言って、受付の向こう側を指差した。

「ちょっと露子、冗談やめてよ!」と縁日さんが声を出す。

 この廃墟、もしかして得体の知れない者が居るのか!?

第77話につづく

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