見出し画像

【小説】極秘任務の裏側 第6話

 ケイが去っていった後、一瞬自分がどこへ向かっていたのかわからなくなっていた。そうだ、銀次郎と「エンヤ」のところに……。いや、ハラダに連絡をするべきか。ケイに会ったこと、情報を漏らしてしまったこと。伝えるべきではないか? 今度こそ怒られるだろうなぁ……。結局ケイが何者だったのかもわからないまま、逃がしてしまった。クビ? クビかもなぁ……。とりあえずハラダに電話をしようとスマホに目をやると、電話が鳴った。
「は、はい。おつか――」
「助けてくださーい!」
 聞いたことのない元気な女性の声が聞こえる。仕事の電話のはずだが、誰だろう。
「一ノ瀬さんですよね? どこにいるんですか! はやく!」
「え、あなたは?」
「エンヤですよ、聞いてませんか?」
 てっきり男性だと思い込んでいた。女性が護衛をしていたのか。
「あ、あなたが! 今近くにいるはずなんですけど……」
「歩道橋降りて左手にふたつ目の角を入った細い道にいます~!」
 ん? それって……ケイと出会ったあの場所じゃないか?
「今行きます!」
 なぜそんなところにいるのだろう。そしてなぜあんなに慌てていたのだろう。銀次郎は無事なのか? だめだ、考えてもわからない。大変なことになっていないといいけど。
 角を曲がり路地に入ると、子供と女性が言い合いをしていた。おそらくあれが――
「あ、あなたはもしかして!」
「遅くなりました、一ノ瀬です、どうも」
「私エンヤです。しおたにって書くんですけど。わかります? しょっぱい塩に、谷間の谷」
「ああ、はい」
 細身のパンツスーツを着ている小柄な女性。ショートヘアに赤いメッシュが入っている。やっぱりMIX BLOCKは自由な会社なんだなぁ。
「おい、はやくいくぞ」
 電話で聞いた生意気な声の持ち主。ちょっと見るからにやんちゃそうな……あれ? どこかで見た気が……気のせいか?
「だからだめですって、銀次郎君!」
「絶対ここが怪しいんだって! いいから来いよ!」
「ねえ、ごめん。ちょっと待って。お兄さん今来たとこでね、状況がわかんないんだよ。教えてくれる?」
 一ノ瀬は銀次郎の身長に合わせて、少し屈んで優しく話しかけた。
「はぁ……しょうがねぇなぁ」
 少年は大げさな溜息をついて、一ノ瀬を見上げた。
「オレたちは今、ロボきちを取り戻しにここまで来たの。わかった? いくぞ」
「ちょ、ちょっとまって」
 一ノ瀬は慌てて銀次郎を止める。もしかしたら危ないことをしようとしているかもしれない。話をきちんと聞かなくては。
「たしか君は、盗んだL38を知らないおっさんにあげちゃったんだよね?」
「ちっげーよ」
 違うの? もうよくわかんないよ……。一ノ瀬はぼーっとしそうになるのを必死に耐えた。だめだめ。今はすごく大事な時だ。
「あげるなんて一言も言ってない。勝手に持ってったんだよ、あいつ」
「あいつとは?」
「知らないおっさん」
 なるほど。あげたのではなく、盗まれたということか?
「急に声かけてきてさ、お菓子買ってあげるって。もちろんオレは断ったよ。知らないおっさんから変なものもらっちゃダメって言われてっからな」
 ちゃんと教育されているようだ。ロボは盗んだけど。
「けど、あいつが買ってもらおうよって騒ぐからさぁ」
「あいつとは?」
「ロボきちだよ!」
「まさかとは思うけどそれって……」
「一ノ瀬さん、まさかのL38です~」
「えええ」
 そういえばハラダが言っていた言葉を思い出した。

【L38は走る、飛ぶ、泳ぐ、話す……階段だって移動できるトランスフォームタイプのスペシャルロボ! しかもとても気さくで話しやすく、フレンドリー!】

「そ、それで……」
「で、おっさんにチュロスとタピオカを買ってもらったんだよ」
「あーー! 思い出した!」
 そういえばケイが去った後、歩道橋を確認した時に両手にお菓子を持った子供がいた。あれがこいつか!
「なんだよ、うるせぇなぁ。……まあ、そういうわけで両手ふさがってる時に気づいたらおっさんはいなくなってて。ロボきちもいなくなってた」
「なるほど……」
「たぶんその知らないおっさんは最初からロボきちさんを狙ってたんですよぉ」
「まあ、そうだろうね……」
 ならハラダにもそう言えばよかったのに。なぜ「あげた」なんて。
「それで君たちはL……ロボきちを捜してるんだね? でもなぜここに?」
「男の勘!」
「なるほど」
「納得しないでください、一ノ瀬さん~」
 いや、しかしその男の勘は冴えてるんじゃないか? 実際この先には、一ノ瀬が任務を聞かされた雑居ビルがある。なんか臭うよな。
「じゃあさ、銀次郎君。僕がこの先に行ってみるから、君たちはここにいてよ」
「なんで?」
「危ないから」
 犯罪の臭いがするなら、女子供には任せられない。本当は気が進まなかったが、一ノ瀬は自分が行くことにした。仕方なく。
「それはご心配なく一ノ瀬さん! 私、強いですから!」
「オレも強いし!」
「いやいや、そうは言っても……」
「私、空手三段です。あちょー!ってね」
「えっ」
 こんな小柄な女性が……自分なんかより遥かに戦闘能力が高いじゃないか。
「じゃ、じゃあ、守ってください」
「だっせ」
 子供に馬鹿にされた。

「この雑居ビルですか? なぜここなんです?」
 三人はエンヤを先頭に、錆びた鉄の階段を上っていた。
「いろいろと訳があって、ここが臭うんですよ」
「男の勘だろ?」
「そうそう」
 知らないおっさんが何者なのかわからないけれど、L38を狙っていたのなら、ケイや偽ハラダとも繋がっている可能性が高い。それならば、一ノ瀬を巻き込んだ一連の発端の、スマホが置いてあったあの部屋。なにかがある気がしてならない。あーでも……怖いからおっさんとは鉢合わせしたくない。誰もいませんように……。だけどなにか手がかりがありますように……。
「ここ。この部屋」
 間違いない。あの時ひとりで来たこの部屋。
「ゴクリ。いいですか? 開けますよ?」
 「ゴクリ」と口に出して言う人を初めて見た。なんだか彼女がいれば、知らないおっさんが襲ってきても大丈夫な気がしてしまう。変人って強いな。
「ガチャ!」
 エンヤが叫んで、勢いよく扉を開けた。エンヤの後ろから一ノ瀬と銀次郎が部屋の中を覗き込む。
「誰もいませんねぇ」
 気の抜けたエンヤの声が響いた。一ノ瀬は少し安心しながら、部屋の中に足を踏み入れる。先程スマホが置いてあった台の上には、何もなかった。
「男の勘、はずれたな」
 銀次郎は頭の後ろで手を組んで、残念そうな声を出した。
「うーん」
 ここに来たら何かしら手がかりがある気がしたのだが……。雑に配置されている机や棚を確認する一ノ瀬とエンヤ。こんなところにL38が隠されているとも思えないが。
それを横目に銀次郎は回転いすの埃を払い、ドカッと座った。
「よし! ここを基地にしよう!」
 一ノ瀬とエンヤが手を止めて振り向く。エンヤが食いついた。
「いいですねぇ!」
「いいですねぇじゃないですよ! ちょっとまって。なんか俺たちでL38を捜せ、みたいになっちゃってるけど、それは俺たちじゃなくて――」
 一ノ瀬は大事なことを忘れていたことに気づいた。
「あー-! ハラダさんに電話しなきゃだった!」
「なにかあったんですか?」
「まあ、ここに来るまでにいろいろと……」
 スマホを取り出しながら、銀次郎に向き直った。
「そもそも君、俺は君をボスのところへ連れて行くのが任務なんだ。遊んでる場合じゃない」
「こっちだって遊びでやってんじゃねーよ! やる気がないならついてくんな」
「ええ……」
 なんだか厳しい先輩に叱られた気分になった。
「まあまあまあ。まずはロボきちさんが行きそうなところを考えましょうよ」
「ちげーって! あのおっさんに連れてかれたんだよ!」
「うーん……そのおっさんが誰なのかが問題だよなぁ。なんで銀次郎君がL38を持っていることを知っていたんだろう……」
「そうですよねぇ。スパイでもいない限り――」
「スパイ! そうだ、電話しなきゃ!」
 一ノ瀬は慌ててスマホを握り直した。……が、気が進まない。
「どうしたんです? 一ノ瀬さん」
「んー……」
 ケイのことをなんて報告しよう。会ったけど逃がしました。情報も特に得られず。むしろ与えました。たぶんスパイだと思います。……怖くて言えない。
まあ、報告しろとは言われていないし。とにかく今の自分の任務は銀次郎をボスのもとへ連れていくこと。
「銀次郎君、一緒にボスのところへ――」
「頭わりーなぁ、一ノ瀬! 犯人はまだそばにいるかもしんないだろ? ここを離れてどうすんだよ!」
「た、たしかに……」
「作戦会議しますか? 一ノ瀬さん!」
 エンヤが目を輝かせてこちらを見ている。
どうすればいいんだ? よく考えろ。最優先するべきものは――

頭の中をいろんな顔がぐるぐる回る。ケイ、ハラダ、ボス、銀次郎、エンヤ、ハラダ、ボス、逃したスパイのケイ、怒りのハラダ、キレたボス……

「よ、よし。L38を取り戻そう……」
「いいぞ、一ノ瀬!」
 銀次郎は笑顔で親指を立てた。一ノ瀬はやけになって親指を立てて応えた。
結果良ければオールオッケーだ。捕まえてみせるぞ、知らないおっさん。


Next…第7話はこちら


この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?