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【小説】極秘任務の裏側 第3話

 電話をかけると、ワンコールも鳴らないうちにハラダが出た。
「はい」
「ハラダさん! 一ノ瀬です」
「お疲れ様。どうしました?」
「えっと……」
 落ち着いたハラダの声を聞きながら、なんとなく、違和感があった。ハラダさん……こんな低音ボイスだったっけ。気のせいか?
「あの、任務についてなんですけど」
「任務」
「はい……」
 今更聞きにくい。ターゲットってどんな人でしたっけ? なんて聞いたら、今まで何を追っていたんだって思われる。とりあえずL38について聞くふりをして、ターゲットのことも聞き出そう。
「盗まれた小型ロボL38についてなんですが……」
「なぜそれを……!」
「は?」
「……いえ、それがどうかしましたか?」
「あー、えっと……。やっぱ、あれですかね……売却目的っていうくらいだから……犯人はお金が欲しいんですよね。お金がないんですかね? ターゲットは」
「ターゲットとは?」
「いや、だから今回の任務の」
「……なるほど」
 なんかおかしくないか? ハラダさん。
「一ノ瀬君に大事なお話があります。今から本社に来られますか?」
「はあ、すみません……」
 絶対怒られると思った一ノ瀬は先に謝っておいた。
「ではのちほど」

 本社に行くのなんて入社初日以来だ。その時は社長……いや、MIX BLOCKではボスと呼ばれる人物にアピールするチャンスとはりきっていたが、結局ハラダとお茶をしながら世間話をして終わった。ボスは仕事で海外に出張中とのことだった。もともと社員を募集していなかったので、同期はいない。ハラダから「いつか必要になったら声をかける」と言われ、一ノ瀬はそれまでMIX BLOCKの本店にいるように指示された。だから昨日まで、一ノ瀬は普通に本店でおもちゃを販売していた。そして連絡が来たのが今朝、今が「必要になった時」ということだ。

 一ノ瀬はすぐに電車で移動し、駅に着くなりダッシュで本社に向かった。たぶんだけど、怒られる。ぼけーっとしていたのは怒られても仕方ない。なにも理解していませんでしたと正直に謝ろう。その代わり、今しっかりと聞くべきことを聞いて、任務の詳細を確認するのだ。ケイはどうしているだろう。その後の状況をハラダに報告しているのだろうか。
 本社が入っているビルに着くと、一ノ瀬は息を切らしながら広いエレベーターに乗り込み、11階のボタンを連打した。受付のフロアに到着した時にはだいぶ呼吸も落ち着いていて、ハラダの名前を出したらすぐに応接室へ通してもらえた。

 扉を開けると、コーヒーの香りが一ノ瀬を包んだ。ハラダはシンプルなカップをふたつ並べて、丁寧にコーヒーを注いでいる。
「大変なことが起きているようですが」
「すみません!」
 ハラダの目を見る前に勢いよく頭を下げた。
「確認しなければならないことがたくさんありますね。まず一ノ瀬君は何について謝っているのですか?」
「えっとですね……」
 怖い。こういう人が怒ると、きっとすごく怖い。
「任務について、全然理解していませんでした……すみません」
「それ、私も理解していないのですが」
「え?」
「とりあえず、座ってください」
「あ、はい……」
 どういうことだろう。走って汗ばんだ肌が、一瞬で冷たくなった。ふかふかのソファに一ノ瀬の体が沈み込む。コーヒーを勧められたが、手を付ける気にはなれなかった。
「あなたは任務を授かったのですか?」
「え? はい……」
「誰に?」
「いや、ハラダさんに……」
「どこのハラダさんですかね」
「えっと……どういうことですか?」
「こちらが聞きたいです」
 混乱した状況とは裏腹に、ハラダはゆっくりとコーヒーカップを口に運んだ。そしてむせた。
「げほっ、げほっ」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですよ! どういうことなのかしっかり説明してください! 時系列を追って!」
「は、はい……」
 一ノ瀬は状況が理解できないまま、この任務について自分が知っていることを話した。ハラダは乱れて額にかかった七三分けの前髪を手で直し、もう一度座り直した。両腿の間で組んだ長い指を時々動かしながら聞いている。先程は一瞬取り乱したようだったが、すぐに落ち着き、いつものTHEおしゃれな秘書!という感じのできる男モードに返ってきた。ちなみに秘書というとなんとなくメガネをかけていそうなイメージがあるが、ハラダがメガネをかけていないのは単純に目がいいからだ。
「つまり……私からのメールで呼び出されたと。そのメール、見せていただけますか?」
「あ、はい」
 スマホでPCメールを開き、ハラダに向けてテーブルに置いた。手が震える。
慎重に手に取りスマホを睨むハラダ。
「なぜこれが私からだと思ったのですか?」
「差出人にハラダさんの名前が書いてあったので……」
「メールアドレスをきちんと確認してくださいよ。明らかに偽物じゃないですか」
 一ノ瀬に向けられたスマホを慌てて手に取り、確認すると「dorapon.love_love」から始まるメールアドレスが目に飛び込んだ。たしかにこれはハラダではなさそうだが……。
「え、でも……じゃあ、雑居ビルで僕と話したのは……」
「誰なんでしょうね……」
「そんな……」
 一ノ瀬に任務を出したのはハラダではなかった? 信じられない。電話で話したのに気づかなかったとは……。でもたしかに、先程電話で本物のハラダの声を聞いた時に違和感があった。あれの正体はこういうことだったのか。
「そもそも一ノ瀬君、私に普通に電話してきてますよね? わざわざ雑居ビルに呼び出されて別の端末で会話したのに、なぜ私の電話にかけてきたのですか?」
「た、たしかに……!」
「それとも怪しいと思ったから私に確認するために?」
「あ、そ、そうです!」
「嘘をつくな!」
「すみません……」  
 ハラダに一喝されて、一ノ瀬は身を縮めた。
「しかし……これは非常に重大な問題です」
「そうですよね、誰がこんなでたらめな任務を……」
「でたらめでもないから問題なのです」
「え?」
 ハラダは重くなった頭を片手で支えて考えていた。
「実際に早朝、小型ロボL38は盗まれたのです。しかしこれを知っているのはごく限られた人間のみ。ボスや私から指令が出ていないのに、なぜこんなことを一ノ瀬君に任せたのか。そしてケイという人間はいったい誰なのか――」
「ハラダさんもケイを知らないんですか!」
「知りませんよ。逆になぜ君は知っているのですか? ケイと名乗ったわけではないのですよね?」
「いや、僕もそれがわからなくて……」
「まったく……とんでもないおとぼけエージェントですね」
 ハラダがとても長い溜息をついた。
「すみません……」
 一ノ瀬はしょぼんと項垂れる。
「なんか……向こうはすごく親しげに話しかけてくるので……たぶん同僚なんだろうなと思いまして……」
「君は絶対詐欺にひっかかりますね。既にリストに載っているかもしれません」
  それは心外だとばかりに一ノ瀬は吠える。
「ひっかかりませんよ! むしろひっかかりそうになっている老人を助ける方です、僕という男は!」
「その老人が詐欺師かもしれませんよ」
「えっ……」
 一瞬妄想の中で人間不信になりそうになった。しかし実際のところ、一ノ瀬はもう少し人間不信になるくらいがちょうどいい。というか今まさに極秘任務詐欺にひっかかったところではないか。
ハラダはテーブルを指先で二回叩いた。何かを決心した時の彼の癖だ。
「仕方ないですね。改めて私があなたに任務を与えます」
「は、はい!」
  一ノ瀬は気を引き締め直す。もう失敗はしない。
「L38の奪還、そしてケイの追跡」
「任せてください!」
 一ノ瀬が勢いよく立ち上がると、ハラダは肩で大きく溜息をついた。
「まだ何も説明していないじゃないですか……。いったいどこへ向かうつもりです?」
 早くもまたやってしまうところだった。慌てて座り直す。
「いいですか? これは極秘任務です」
 第一弾が謎のまま、一ノ瀬の極秘任務第二弾が始まろうとしていた。



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