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ショートショートnote参加集 WEEKS

202
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」への参加作を集めています。お題に従った410文字。週替わりの一杯どどうぞ。
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記事一覧

ショートショート 冷凍記憶

ショートショート 冷凍記憶

 昔から記憶力はいい方で嫌なことばかり覚えている。幼稚園の遠足で水たまりに落ちたこと。小学校の入学式に雨が降ったこと。中学の初日は寝癖が直らなくて、幼馴染のよしちゃんに笑われた。

 よしちゃんとは同じ高校に行った。最初は私の方ができて、2年の冬には逆転された。

 大学も同じ。大学には『記憶力がいい』だけじゃない人がいっぱいいた。よしちゃんもそう。私は違う。すぐに行くのが嫌になった。「学校やめた

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ショートショート 真夜中万華鏡

ショートショート 真夜中万華鏡

 坂本の爺さんは飲兵衛でな。真昼間から酒くらっては、道端で寝っ転がってた。村の人から咎められはしなくてな、酔っぱらいの割には悪さはしねえし、何よりたまに面白えことを言うんだ。

 ある日、爺さんがビールをひと瓶平らげちゃって、意地汚いもんだから、残ってねえもんかとひっくり返して眺めててな。すると、この辺じゃちょっと見ないくらいの身なりのいい紳士が爺さんに尋ねたんだと。

「何か見えるんですか?」

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ショートショート 放課後ランプ

ショートショート 放課後ランプ

 授業が終わった後の学校は真っ暗闇だ。僕みたいな陰気な人間にとっては。
 帰りの会が終わると同時に鞄の中に教科書をしまう。目立たないようにするのが肝心だ。教室には恐ろしい生き物がうじゃうじゃしている。

 シアイニムケテレンシューシヨーゼ。汗臭い野獣ども。カラオケバイトゲームナニスル。ピイピイうるさい鳥たち。ナヤミガアッタラショクインシツニオイデーナ。担任。一番厄介な妖怪。

 鞄を抱えて席を立っ

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ショートショート ラムネ炭酸寝顔

ショートショート ラムネ炭酸寝顔

「#ラムネ炭酸寝顔」で検索すると、あたしの寝起きの動画も出てくる。弟が撮ってあげたやつ。あれはまじ最悪だった。考えてもみてよ。寝てるところにいきなりソーダの噴水ぶち込まれるの。目に染みるわ鼻に入るわ、おまけに寝巻きはべちゃべちゃになるわ。コーラじゃなかったのはせめてもの救い。黒いシミまでできてたらたまったもんじゃない。「色付きじゃないのは優しさだよ」って弟が得意げに言うもんだからあったまきちゃって

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ショートショート トラネキサム酸笑顔

ショートショート トラネキサム酸笑顔

 カメラマンの宝さんはため息をついた。こいつは厄介だ。肩掛け鞄の紐を掛け直す。「こっち向いて笑って」もう一度呼びかけた。
「ああ。はい」
 ようやく椅子に座った老院長が顔を上げる。口がぼんやり開いていた。

「写真撮ります。チーズ!」
 カメラを構える宝さんに院長の眉毛が動く。
「チーズは、控えめに。若い人ならいいがあんたみたいな中年は何でもかんでも食えばいいってもんじゃない」

「すいません」

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ショートショート 雪解けアルペジオ

ショートショート 雪解けアルペジオ

「卒業か」
松本吹奏楽部長が部室でつぶやいた。外には暖かい日が差している。
「合奏、してみたかったなあ」

『ラッパ部長』
陰でそう呼ばれているらしい。部とは名ばかり。先輩たちの卒業後、部員は自分一人だけだ。とはいえトランペットを『ラッパ』などと乱暴な言葉で呼ぶのはやめて欲しい。

授業後毎日ここで練習をした。夏休みの炎天下も冬休みの氷点下も問題にはならなかった。「帰れ松本」何度先生に言われたこと

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ショートショート 春ギター

ショートショート 春ギター

 カッコカリは宇宙人だ。地球にスパイに来ているらしい。一郎(仮)、ルーシー(仮)。連絡するたびに名前が違う。面倒なので(仮)と呼んでいる。

 (仮)は地球の文化に興味がある。スパイだから。あと写真が好きだ。中身は海外の人なんだろう。去年SNSで知り合って、不自然な日本語で妙なことばかり呟いて面白いからメル友になった。

 今日は公園の桜の写真を送ってやった。
「桜咲いたよ! 春キター!って感じ」

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ショートショート 花冷え全員集合

ショートショート 花冷え全員集合

「今日寒くない? やっと暖かくなったと思ったのに」
「わかる! 風が本当冷たくて」
「花冷えとかうまいこと言うよねー」

 引越し先のアパートは壁が薄かった。急の転勤だったから仕方がない。上の部屋は毎晩飲み会をしているし、隣の部屋は深夜にネットゲームを始める。全部筒抜けだ。

「おーい。君もおいで。いつも見てるだろ」
「花冷え同士おしゃべりしよう。楽しいよ?」

 スマートフォンに手を伸ばす。3時

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ショートショート オバケレインコート

ショートショート オバケレインコート

「アーメン」
日曜日の礼拝で、神父様が言いました。
「アーメン」
集まった村の人たちが両手を組んで唱えます。
「足元にお気をつけて。良い日曜日を」
神父様が手を振ります。ざあ。開いた教会の扉から雨の音が聞こえました。

「で、君は?」
村人たちがいなくなった教会で、神父様が言いました。ゆらり。部屋の隅で影が揺れました。
「見えてたんだ」
「見えていたよ」
レインコートを着た男の子が現れました。体の

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ショートショート モカ入り卒業式

ショートショート モカ入り卒業式

「モカ入り卒業式?」
吊り下げ看板を思わず読み上げた。
「静かに」
隣に立った清水君が指に手を当てる。
「コーヒーでも飲むの?」
小声で尋ねると、笑顔で首を振った。
「渡辺君は転校生だから卒業式初めてなんだね。『モカ入り』って言うのは」
「在校生代表、祝辞。清水典明。」
言い終わらないうちに司会の先生が清水君の名前を呼んだ。すっと清水君が立ち上がった。
「あと、渡辺誠」
「僕も?」
びっくりして立

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ショートショート 深煎り入学式

ショートショート 深煎り入学式

「今年の入学式は『深煎り』にしようと思います」
職員室に教頭先生の声が響いた。先生たちが静まり返った。
「人生は苦い。しかしその中に旨みがある」
始まった、と私は思う。他の先生たちもそう思ったはずだ。前職が喫茶店のマスターだったからといって、なんでもかんでもコーヒーに例えるのはやめて欲しい。わかりにくいから。
「では、夕方にピアノのリハーサルに入っていただいて」
「稽古は朝にするでごわす! 朝入り

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ショートショート 命乞いする蜘蛛

ショートショート 命乞いする蜘蛛

あの子が生きていたら丁度このくらいだろうかとお染は思った。
「長次郎」
亡き息子の名を呼びかけて、飲み込んだ。目の前にいるのは城の若様だ。ようやくここまで来た。乳母に抜擢されれば暗殺は半ば成功したようなもの。幼い若様の手を握る。白くて柔らかかった。

5年程たった夜、若様の寝所に賊が入った。仲間だ。自分が若様に手をかけないのに痺れを切らしたに違いない。
抜け道を通って走る。蝋燭の灯に賊が振り上げた

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ショートショート 桜回線

ショートショート 桜回線

「今度の休みに、母ちゃんの顔でも見に帰っかな」
都会に就職した息子の声がした気がして、母親は振り返りました。桜並木。人通りの多い駅前通りも早朝には誰もいません。
「わん」
突然立ち止まった飼い主に散歩中のシーズーが不満そうに吠えました。
「ごめんね」
母親は犬に謝って、また歩き出します。
「いつでもいいから帰っておいで」
空に向かってつぶやきました。

桜の木は、みな兄弟です。同じ木から生まれてさ

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ショートショート 満月ガスとバス

ショートショート 満月ガスとバス

 バスは家出をすることにしました。今日も昨日もずっと同じ時間に同じ道。いい加減うんざりです。運転手さんに見つからないよう夜にこっそり車庫を出ました。

 広い道路は誰もいません。どこにでも行けます。十字路を曲がると大きな建物が見えました。
「あれは……」
バスの顔が赤くなりました。毎日停まる病院です。

「何やってるんだ」
恥ずかしくなって出鱈目に走り出しました。ガクン。お腹が空いて、力が入りませ

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