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陽だまりの粒 その(肆)

秋の日は釣瓶落としと言われ、9月も半ばに差し掛かると、午後18時の時刻になると太陽が完全に姿を隠し、代わりに夜がやって来る。
十五夜の満月に照らされた、草むらですすきの穂が風で微かに揺れる場を舞台にした、秋の虫達が恋の詩を命の限り奏でている。

「しかし日が落ちるの早くなったな〜」
美彩は咲の部屋のドアを開けるなり、この言葉を口にして部屋に入った。
「夏が来れば暑い暑いと文句を言い、冬が来れば寒い寒いと文句を言う」咲がけらけら笑いながら美彩に言うと。
「その言葉を口にしない奴がいるか?人間って奴は実に自分勝手な生き物だ」と美彩も笑いながら答えた。
「美彩ちゃんは、夏と冬どっちが好き?」
咲は、美彩の顔を覗き込みながら紙袋に入った不二家のLOOKチョコと、細缶のレモンスカッシュを差し出した。
「はい、おやつ今日美彩ちゃんが来るって言ってたから買っておいた」
「おっサンキュー、冬は毎日雪ばかり降って気分が滅入るから、私は解放的な夏の方が好きだな」
「私も思い立ったら、色んな所に行ける夏が生きてる感じがして大好き!地元に閉じ込められる閉鎖的な冬は嫌い…」

咲は、机の前のイスに座ると今日届いた定形外郵便の小包をベッドに座っている美彩に手渡たした。
「どれどれ何が入ってんのかな?」
咲と美彩は遠足前の子供のようにワクワクしながら小包を触り、美彩が小包の上の部分をハサミで丁寧に切り、中の物を取り出すと、泉に頼んでおいた80年代の日本のガールズPUNKバンドと女性ボーカルのPUNKバンドばかりを集めたカセットテープ6本に歌詞カードのコピーと
スニーカーズのカセットアルバムのジャケットとインデックスにライナーノートとスニーカーズのTシャツデザインの見本が入っていた。

「予想以上に凄すぎて言葉が出ないんだけど、このTシャツデザインめちゃくちゃカッコ良すぎるし…」
美彩が手にしているのは、キン肉マンの悪魔6騎士であるスニゲーターをモチーフにしたフロントデザインとプロ野球のユニフォームをモチーフにした名前と背番号入りのバックのデザインだった。

美彩が唖然とした表情で咲の顔を眺めて言うと
「カセットテープもダビングしましたーって物じゃなくて、きちんとしたインデックスが丁寧に作り込んであるし、曲名も手書きじゃなくて、ワープロで打ってある!私達相手でも、ここまでしてくれるんだ!」咲は照れた表情を浮かべなから、カセットテープに録音してある曲の歌詞カードに目を通し、1本のカセットテープをカセットデッキに入れ再生ボタンを押した。

「美彩ちゃん普段DISCHARGEとか聞く?」
「私はイギリスのバンドは余り聞かない、まあSNUFFは聞くけど、どっちかと言うとアメリカのバンドの方が好きだな!咲はどう?」
「私もアメリカのバンドの方が好きかな…7SECONDS, BAD BRAINS, MDC,
イギリスだとSNUFFとSTUPIDSとHERESYは好き!重さよりも速さ!ムシャクシャした時にあの速さはストレス解消になるし(笑)」
「全部雪野師匠に教わっているから、私達もマニアックになれたね」
「和君じゃなくて…」咲は、慌てて口元を手で押さえ、何事も無かったように言葉を続けた。
「泉ちゃんのお兄さん今は、北欧のバンドにハマったらしく特にMOB47がオススメだって」

エッ和君って誰だ?そんな人が身近にいたか?美彩は、不思議に思い、頭の中のコンピュータをフル稼働させながら、和君なる人物の検索を始めたが、該当する人物が検索出来ないのだ。
泉ちゃんの兄の名前は、何だっけ?
確か和彦だったな…あっ!

「…咲、お前今、和君って言わなかったか?」
美彩が疑いの眼差しで咲を見つめると
「言ってない、言ってない、仏様に誓っても言ってない、美彩ちゃんの気のせいだよ!」
「嘘つけ!絶対気のせいじゃないって、さっきから咲の頬は、緩みっぱなしじゃないか!」

2人はキャーキャー言いながら少しじゃれ合った後に、咲はついにバレたかと言った表情をして悪戯ぽく笑うと美彩も顔は笑いながらもヤレヤレと言った表情を浮かべてレモンスカッシュを一口飲んだ後に、「何時から付き合ってんだ?」と咲に尋ねた。
「8月の末からだよ、和君から夜中に電話があってね、付き合おうと言われてさぁ。私も断る理由が全然ないから、即答でOKしたの!顔から火を吹くくらい恥ずかしくてさ、嬉しくてさぁ、興奮して夜全然寝れなかった」
「もうデートしたのか?」美彩が笑みを浮かべながら問いかけると。
「まだ二人きりでのデートはしてないよ…次の日曜日にデートする予定なんだ~。今は日曜日の夜に長電話するだけの付き合いでさ、私とすれば少し寂しいけど、夜中に気持ち悪い夢を見て、うなされて起きた時に、私が電話すると深夜でも話し相手になってくれるから、1時期よりも精神的に楽になったよ」

美彩は、咲の話しをウンウンと頷いて聞くと
「まだ嫌な夢見てんのか…ウチらじゃ咲の気持ちの苦しみを完全に取り切ってやれないんだな…でも1番好きな人と付き合えて良かったな!見ているこっちが凄くもどかしかったからさ」

美彩はそこまで言うと言葉が詰まってしまった。あの内向的で自己主張が大の苦手で、ついでにクラスメイトの男子とも話すのが苦手なあの咲が自分の意思で彼氏を作ったのだ。

小柄で綺麗な顔立ちの咲は高校に入学した頃にクラスメイトに告白され、1度だけデートを経験した過去がある。
結果は、緊張し過ぎた挙句にたった1言も喋れずにデートを終え告白した男に「つまらない女」と言われそのデートが原因でいじめの対象になってしまった過去があるのだ。

つまり高校の1年と2年の咲は、不登校気味で引きこもり生活を余儀なくされた高校生だった。

何が幸いするのか分からないが、部屋に引きこもってばかりの咲にPUNKを勧めたのは、美彩であり半ば強引気味にLIVEに引っ張って行ったのも美彩だった。
智美と里香には、咲をLIVEに連れて行く事に猛烈に大反対されたが、それを差し置いても化学反応が起きPUNKのLIVEで咲の生き方が弾けたのも否定出来ない事実であり、そこの場所で咲の人生に入り込んできた1人の男がいたのも否定出来ない事実である。

話しが途中で止まった為に咲は、目を丸くして美彩の顔を見つめると、
「私が彼氏を作ったのがバレたら皆んな怒るのかな?と思って中々言えなかったんだけど…でも今日美彩に彼氏が出来たことを話せて良かった」
そう話すと、咲は机の上に置いてある、レモンスカッシュの細缶を口にした。

「誰も怒らないよ!皆んな進路で頭がいっぱいだし、智美と里香の不良少女2人組はずっと前から彼氏がいて、2人共アッチの方は、とっくの前に経験済みだから(笑)
咲の彼氏の口説き文句とか、色々細かい話は、智美と里香がいる所で、また話して貰うとして、せっかくカセットテープが送られて来たんだし、何か聴こうよSPERMAでも聞くか?」
美彩がミニコンポのカセットデッキにカセットテープを入れ再生ボタンを押した。

ハード・ロック、パンク・ロック、GSをミックスしたような、グレイト・ロックンロール・サウンドが流れ、昔の歌謡曲とハード・ロックが契を交わしたような、堂々と日本語で歌うボーカルのひたむきさもロックそのもので、咲と美彩は心打たれたのだった。

「美彩ちゃん敬子さんから来たLIVEの話しはどうなったの」
「色々考えたけど練習不足でもやる事にした」
「場所は決まった?私盛岡には行きたくない」
「大丈夫、最初が一関で最後は宮古だ」
咲の顔の強張りが緩んで少し安心した顔になり
それを見越していた美彩は話しを続けた。
「場所も学校でさ、一関は学校の部室でLIVE AT部室!いいネーミングだろ?宮古は泉ちゃんの学校の学園祭、今回は全部無料!」
「宮古に行くのは、日帰り?」
「さすがにそれは無理だよ(笑)でもさぁ、行き帰り雪野家による送迎付きにして貰ってさ!ついでに土曜の夜は雪野家に泊まる事に決まった」

その言葉を聞いて咲は、ちょっと不安になった、ここで置いて行かれたくない。
和彦に会いたい、和彦に会いたい。
「私バンドメンバーじゃないんだけど、一緒に行ける?」咲は急に慌てた表情になってみどりに詰め寄った。美彩はビックリしながら、慌てた咲を落ち着かせて、「咲は、バンドのマネージャー兼ローディとして連れて行くから心配するなって、ここ迄一緒に関わって最後の最後に置いて行く訳ないじゃん、だったら雪野家との連絡担当をするか?」
咲は待ってましたと言わんばかりに、やるやると言って、マネージャーを引き受けた。

「そろそろ帰るから咲は、今日どのカセット聴く?」美彩がカセットテープを手に取りながら咲に聞くと咲はカセットテープを見ながら少し悩み「RAPとG-シュミットの2本でいい?」と逆に美彩に聞き返して来た。
「いいよ!これだけあれば1人で聞ききれないし、明日学校に持って行って、智美と里香にも見てもらおう、
じゃあまた明日な」
と言い嵐のように美彩は、帰って行った。

1人の部屋に残された咲は、時計を眺めて
「和君まだ仕事中かな~?今日はなんか寂しいから電話するかな…」と心の中で呟きカセットデッキに入っているテープを替えて再生ボタンを押した。

テープに合わせて、咲も一緒に歌った。

RAPOUTあなたの窓ガラスを叩き、それがあなたへのラブコール

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