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【エッセイ】お弁当と母の思い出

お弁当生活がはじまった。

夫の勤務時間が変わり、お弁当を持っていく生活になった。
そして私は夫のお弁当を作る担当に名乗り出た。
というのも、夫は料理は得意だがお弁当を作るのは苦手だった。
大きなフライパンを振って肉野菜炒めやパスタをがしがし作るのは好きだけど、弁当箱におかずを詰める作業ができないらしい。
私はどちらかといえば副菜やサラダなどを作るのが得意だし、ちまちま詰めるのも好きだ。だから「作ってあげるよ」と得意気に言った。

しかし困ったことになった。
「じゃあお願いしようかな」と、夫が持ってきたお弁当箱がデカい。
おかず、ごはん、汁物の三段になっていて、まるで2ℓの水筒みたいだ。
このデカさのお弁当箱にあれこれ副菜を詰めたりしていたら、日が暮れそうだ。

私はお弁当をきれいに作るのを諦めた。
量だ。彩や栄養バランスなんかより、ごはんがぎっしり詰まってることが大事だ。このお弁当箱の大きさが量を訴えている。

それからの晩御飯はいつもより多めに作るようになった。お弁当のおかずをついでに作る作戦だ。まるで食べ盛りの息子と暮らしているような量ができあがる。
晩御飯の余りをドーンと詰めて完成したのが、見栄えより量重視のお弁当だ。おかずが足りないときは、冷凍野菜を適当にチンして入れる。

私はいつも晩御飯が終わった後、洗い物をする前にお弁当をつくる。そうすればお弁当のために朝起きなくていいし、洗い物も一度に済むから楽だ。
ご飯もあらかじめ炊いておく。お弁当用と朝ごはんのおにぎり用で2合。
…本当に食べ盛りの子どもみたいだと思う。

お弁当を作っていると母の姿を思い出す。
母は必ず朝早く起きて家族分のお弁当を作っていた。
家族を起こさないように薄暗い部屋で、台所の明かりだけを付けて。
なぜ覚えているかというと、私が早く目が覚めた時、作りたてのおかずを一切れ食べさせてくれたからだ。
台所にはからあげ、卵焼き、おひたし、ミニトマト。色とりどりのおかずが並んでいた。

今ならわかる。朝から揚げ物なんて大変だっただろうに。
家族四人分のおかずを作る大変さ。自分も朝から仕事だったのに、何時に起きてたんだろう。もったいないからって、暖房もつけずに寒い部屋で。

そんな母が作ってくれたお弁当を、私はなんで大事にしなかったんだろう。
どうしてお弁当を断ってコンビニで買っていたんだろう。

たくさんの後悔がある。でも今更後悔したって遅い。
だから私は夫にお弁当を作る。
「このお弁当をもりもり食べて元気に働いてほしい」と願いを込める。おにぎりも握る。一日働くのって、お米2合分食べないとやってられないくらい大変なことだと思う。
そして母よりも全然手抜きなお弁当を、毎回完食してくれる夫には感謝しかない。




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