7:逃避
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「………………!」
少女とドラゴンの視線の間にノイズが入る。
ドラゴンの瞳の中に血が流れ込んできた。どうやら、ドラゴンの額から流れてきたもののようだ。
互いの意識が溶け合ってしまう様な不思議な感覚から、そのノイズ(血)によって突然少女は我に返る。
どれぐらいの時間ドラゴンの瞳に目を奪われていたのだろう……。少女はそれほどの時間はたっていないと感じたが、長時間目を奪われていたような錯覚に襲われていた。深く、深く意識の底に沈みこんでいたようだ……。
意識を取り戻した少女はドラゴンの全身に目を向けた。
「ひどい……」
つい言葉を漏らしてしまうほどに、ドラゴンの体は傷だらけだった。体のいたるところに傷があり、そして血を流していた。「何故その傷で生きていられるのか?」と疑問に思うほどの傷だった。それでも命をつなぐことが出来ていることがドラゴンが最強の種である証なのだろう。
そのドラゴンの状態を確認した少女の頭にある確信が生まれる。
「動けないんだ……!」
いくら最強の種であるドラゴンでも、さすがにこの傷では動くことが出来ないようだった。その証拠に、目の前にいる少女に対してまったく危害を加えないし、声すら上げようとしなかった。
少女は恐怖で固まっていた体に命令を下す‼
「今しかない!立って‼立つのよ‼逃げるの‼‼」
少女は立ち上がった!しかし、足は震えていた。振り返り、震える足に力を込めて進み始める。思う様に走ることが出来ない……。ほとんど早歩きと同じような速度だった。それでも少女はドラゴンから少しでも離れようと、ドラゴンから逃げようと必死で進む。
少し離れた場所に母が買ってくれた画材が入った箱を発見してそれを回収する。
時間のロスが命に関わるこの場面においても、少女は母がくれたその箱を無視することが出来なかった……。
少女は箱を抱えて森へと走る。足の震えは止まっていた。それと同時に少女の走る速度がどんどん加速する。
すでに森の中に入りドラゴンがいた秘密の場所から距離をとることはできた。しかし、少女の走る速度は変わらないむしろ上がる一方だった。
秘密の場所へと続く道は少女にとって慣れ親しんだ道だ。そのはずなのに今は全く違う道の様に感じられた。少女は途中で「道を間違えてしまったのでは?」と錯覚するほどにいつもの道が険しく感じられた。速度の出し過ぎなのだろう何度もバランスを崩し転んでしまう。
それでも少女の速度は変わらない。
家に向かって走り続けた……。
家の近くに着くころにはすっかし日が沈み、辺りは暗闇に覆われていた。少女は疲れ果ててゆっくりゆっくり足を前に進めていた。もはや、走る力は残っていなかった。引きずる様に足を前に出す。
少女は「もう安全だ……」と頭では理解していた。ドラゴンがいた秘密の場所から十分すぎる距離が空いていた。それでも少女は止まらなかった。
いや、止まれなかった!
逃げ続けた……‼
少女はついに自宅の扉の前にたどり着いた。
扉を開け中に入る。
バタン‼と扉が閉まる音が家の中に響いた。
少女はゆっくしゆっくり足を動かし、ベットへ向かう。
途中でテーブルの上に母が買ってくれた画材が入った箱を置く。
そして少女はベットの上に倒れ込んだ……。
「アツイ……」
ここまで必死で走って逃げてきた。生まれてこの方これほど走ったことはなかった。体が熱いのは当たり前……。
今、少女の頭の中にはドラゴンがいた。
あのドラゴンの目が頭から離れなかった。
あの力強い目、生命力に溢れたあの目が……忘れられない。
「体が……アツイ……」
少女は気絶するかのように眠りについた……。
静まり返った家の中で少女の小さな呼吸音だけが響いていた……。
読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。