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私の仕事観〜家族の仕事を見てきて〜

チビが撮ったカウンターの中の私

私の家族は、贔屓目に見なくとも、働き者だ。
物心ついた時から、両親、じーちゃん、ばーちゃん、周りの親戚達も
皆、働きづめだった。
そして、今も働きづめた。

有給休暇、とか、自分へのご褒美休み、なんて、皆無。
父に至っては、十月から一日も休みがない。
他界したじーちゃんばーちゃんも、80歳近くまで現役で、
スーパーマーケットで魚を捌いていた。

仕事=そんなもの。
そういう気持ちは常にあった。

実家は自営業。年中無休のスーパーマーケット。
保育士をしていた母まで巻き込まれ、家族で必死に働いている姿が
今も鮮やかに蘇る。

もともと、公務員希望の父、保育士が天職の母、根っからの商売人の祖母、のんびり農業でもしたいなぁとこぼす祖父、
しかし時代の荒波で、親戚一同スーパーマーケットをすることに。

休みとか言っていられなかった。一年に一度、長島温泉に行くのが
唯一の我が家の娯楽。外食なんて滅多にない。
贅沢もしない。ただ、働く。

父も母も、それぞれ本当の夢は違ったのだろうが、
ともかくよく働いた。
祖母は、給料がどうのより、店が繁盛すれば嬉々として仕事をしていた。

それを見ていたから、今、自営業で休みもなく、休みでも店のことが頭から
離れない状態でも、苦にはならない。
むしろ当然のことと思っている。

仕事観、が培われたのは、幼少期からかもしれない。

よく思い出すのは、店のパン棚。
あそこにベビーカゴごと置かれていたのは赤ちゃんだった頃の記憶か?!

学校から帰ってきたら、惣菜部にコロッケをもらいに行った、
小学校の先生に弁当頼まれて、チキンカツ弁当を配達した。
仲良しは向かいの蕎麦屋の女の子。
その子は学校終わりにすぐ店に立ち、
土日はもちろん家の手伝い。
今では立派に蕎麦を打つそうな。


働かざるもの食うべからず、
小学校高学年になると、店の従業員の賄いとして味噌汁を
作らされた覚えがある。
あの時の感覚、10人前くらいを一気に作る。
今も、多め多めに仕込んでしまうのは、その名残りだろうか。

周りの大人たちが私に見せてくれた仕事姿勢、
ありがたかったのは、

誰も嫌々、仕事だからと、こなすように毎日を過ごしていなかったことだ。

やりたいことと違うことをやらなければならなかった母は、
思うところもたくさんあったろうが、

私には、皆が光って見えた。
お盆前の忙しさ、
年末年始のチラシが入った後のお客さんの入り、
大入り袋に喜ぶ従業員さん。

なんとなく浮き足立つお客さん。
市場から帰ってきた父の、仕入れた野菜を仕分けしていく作業の速さ。

スーパーで見るもの全て、私の血が踊る、ワクワクの連続だった。

そんな日常で、
今の私が、自営業を営んでいるのは、
当然と言えば当然かもしれない。

親の背を見て育つというが、
親だけではなく、周りの大人たちの仕事に対する、
コツコツと地道な努力を重ねる、
日々を積み上げていく、
真摯な姿勢が心に残像として残っている。

目先の利益だけじゃない、
地域に密着した経営、
暖かく、人々の生活の一部となって機能するスーパーの存在、
今の私の土台となる経験であり幼少期の記憶。

スーパーマーケット、と、喫茶店。
形態は違えど、精神は一緒。

繋がりを大切に。
来て下さった方の毎日が少しでも、
一瞬でも暖かく、照らされますように。

そう思いつつ珈琲を点てている。

うちのチビにもその姿を見せたい。

かかは、店という小さな場所だけど
そこから地域の人と繋がっている、
皆をほっとさせたい、
一瞬でも日常に平穏な時間が流れますように
そんな気持ちで働いていることを

感じてもらえるように。



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