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森をつなぐマザーツリー


両親が庭に植えたヤナギの木。
その巨大な根が地下室の土台を割り、
犬小屋を傾かせ、
舗装した歩道を押し上げた。
そのパワーを目の当たりにした少女には、
木の根に対する強い関心が生まれた。

やがて彼女は森林生態学の研究者になり、
「マザーツリー・プロジェクト」 を立ち上げる。



 『マザーツリー
  森に隠された 「知性」 をめぐる冒険』
      スザンヌ・シマード 著
      三木直子 訳
      ダイヤモンド社


今回の本は、
30年以上に渡って森の研究をしてきた著者によるその軌跡が、森の秘められたコミュニケーションとともに、ひとりの女性としての歩みを通して記されています。

✴︎

学生の夏のアルバイトで働いた木材会社で、皆伐地の査定を任された。
伐採後に政府の規定どおり新しい苗木が植樹された場所で、その植樹がうまくいっているかどうかを調べていくというもの。
結果はひどい有り様で、
健康な苗木は一本も見つからなかった。


森が元気に再生できるように力を残す。
そうやって何世代にもわたって森の木を伐って生きてきた彼女の先祖のとは、林業のあり方が明らかに違ってしまっていた。


ある日のこと、一本のダグラスファーの木の下でサンドイッチを食べた。
横でリスがキーキー鳴いて、黒い皮で覆われたチョコレート色のトリュフを抱え、かじっていた。
リスはそれをダグラスファーの根元の土のなかから掘り出したようだった。


その硬い粘土質の土を掘ってみる。
黒っぽく丸いトリュフが見つかり、そこから伸びる菌糸束が露出した。
その菌糸束の行く先を追って15分ほど土を削り進めていくと、ダグラスファーの白っぽい紫色の根の先に到達した。
トリュフ、菌糸束、扇状に広がる菌糸、そして根の先端が、1つにつながっている……


調べるとそれはトリュフではなく、
セイヨウショウロ属で、菌根菌の子実体。

相利共生だ。

植物の葉が光合成をおこなって、空気中の二酸化炭素と土壌中の水分を結合させ、光エネルギーを糖 [炭素環が水素・酸素と結合したもの] に変える。
糖は、葉から根へと移動し、根の先端から菌根菌に渡される。
そのお返しに菌類は、土壌から集めた稀少なミネラルや養分、そして水を、パートナーである植物に提供する、というもの。


病原菌や腐生菌と比べて、
菌根菌はこの業界で重要視されていない。
しかし木にとっても、
この共生生物との協力関係は必要に思えた。
元気のない人工林の苗木を救える鍵が、
そして森を再生できる鍵が、
この菌類にあるのではないか…?


しばらく経って、森林局の造林研究員として正規職員に就くと、自身の考えに基づく問題解決のための実験ができるようになった。

科学者たちの研究成果をもとに、観察、仮説、実験、考察を重ね、そこで得たものが知的興奮をともなう推進力となって、新たな仮説を次々に生みだしていく。

こうして得たひとつひとつや、仲間や協力者そして教え子たちによる研究結果も手伝って、行き着いたのが、マザーツリーだった。

古木は、まるで森の母親のようだ。
森のコミュニケーションの中心的存在、
母なる木、マザーツリー。


樹木の種子のほとんどは、重力や風、あるいはリスや鳥によって、周囲の小さな範囲内に撒かれ、枯れ葉や小枝の降る林床の温かな地面の上で発芽する。


子葉 [最初に生える葉] を広げ、腐植土のなかに幼根を出した実生みしょうは、鉱物土層に潜んだ古木の根とつながる菌類ネットワークに、生化学的シグナルを送る。
すると古木と共生する巨大な菌糸体は、そのシグナルに応えるべく枝のように広がっていく。

「親」 である木と周囲に拡散した木は、遺伝子の一部を共有している。
親木は、子孫である稚樹が菌根と共生できるように養分を送り支援することで、その生存率を高め、自分の遺伝子を確実に後世に伝える。


木の根にコロニーを形成した菌根菌は、その菌糸を別の木の方向に伸ばしていく。
地中の鉱物粒子をひとつひとつ包み込みながら有機的な塊となって土壌を覆い、菌糸体のネットワークを形づくって、遠くへ遠くへと放射状に広がり、木と木を結ぶ。
木から隣の木へ、また隣へ……。


古くて大きな木には、樹冠の端のいちばん外側まで広がった枝先の、雨水が滴り落ちるライン 「樹冠線」 に沿って、実生が元気に育つスイートスポットがある。
古木から養分を奪われ過ぎない程度には離れ、あいだにある草に必要な養分を奪われない程度には近いところに。


森は、このマザーツリーを中心にして実生や若木が囲み、さまざまな色をしたさまざまな種類の菌糸が、それらを幾重にもつないで、強靭で複雑なネットワークを形成している。


木々はこの菌類ネットワークを通じて、生命を構成する要素である 「炭素」 を送り合う。
マザーツリーから子孫へ、のみならず、
持てるものから持たざるものへ。
森の全体性を保つために。


森の菌類ネットワークは、獲得して輸送するだけでなく、伝達するというコミュニケーションの構造と能力を持っている。
それは 人間の神経伝達物質と同じ化学物質で、イオンがつくる信号が菌類の皮膜を通して伝わるというもの。


もしもマザーツリーが害虫に侵入されたならば、ネットワークでつながる樹種に、すぐさま警戒信号を送る。
それを受け取った木のほうは、すばやく反応し防御酵素を増加させて、きたるべき災難に備える。


古い木々は、長いあいだ生き残りをかけて進化し、共生種や競合種との関係を築いて、ひとつの生態系のなかで融合している。
森が危険にさらされていることを伝える警戒信号を送って、護りを強化させることで、多様性に富んだ森全体の健全さを保とうとしているのだろう。


またマザーツリーは、自分のこの先がわからなくなったときには、その生命力である炭素を急いで子孫に送る。
古い木々には、若木よりもはるかに多くの炭素が蓄えられている。
彼らは数々の大きな変化を生き抜き、それが遺伝子に刻まれている。
マザーツリーは、その遺伝子とエネルギーと回復力とを、未来に伝える。


森というコミュニティー全体が、完全性を保ち、子孫たちが育つための健全な場所であり続けられるように。


マザーツリー・プロジェクト (https://mothertreeproject.org) は2015年、
気候変動が起きているいまだからこそ、マザーツリーを保全し、森の中のつながりを維持して、森の再生力を護ろうという基本理念のもとで始まった。

ブリティッシュコロンビア州の 「七色の気候地帯」 にある、州南東の暑くて乾いた森から北部中央内陸地帯の寒くて湿度の高い森までを網羅した9カ所におよぶ実験林にて、検証しようとしているのは、森の機能と構造。

無数の生態系サービスを護り、強化するための技術や解決法を学びたい人なら誰にでも、門扉を開いている。



「アメリカシラカバとダグラスファーは、地下の菌類ネットワークを通じて会話する、ていう話をしたの覚えてる?」
彼女は訊ねる。
このことを理解したのは彼女が初めてではなかった。
多くの先住民族が古くから識っていた。
森の地面の下には
「根と菌類が構築する複雑で広大なシステムが広がり、それが森の強さを保っている」 ということを。
彼女はぐるりと1巡して、先住民族の人々が持っていた叡智にたどり着いた。


次の研究の場は、
ブリティッシュコロンビア州の太平洋沿岸のなかほどにある 「サケが育てた森」。
ここは、
ヘイルツーク族の人々が所有している。

サケが遡上する川に沿って生えている木の年輪から、腐敗したサケの屍体の放出する窒素が検出されることは、科学者たちによって発見されていた。


年輪に含まれているサケ由来の窒素は、土壌中に含まれる窒素との識別が可能で、科学者は、ひとつひとつの年輪に含まれるその窒素量の違いをつかって、サケの個体数と気候変動・森林破壊・漁業とのあいだにある相関関係を知ることができる。

古いシーダーの木なら、1000年分のサーモンラン [サケが産卵のために川を遡上すること] の記録が残されていることもあるという。

調べているのは、サケからの窒素をマザーツリーの菌根菌が吸収し、それを菌根ネットワークを通してもっと森の奥の木々に送るかどうか。さらには、生息地が失われて、サケの数が減少していることによる森への影響、およびその改善は可能かということ。

研究はつづいていて、
初期段階のデータでは、サケの森の菌根菌コミュニティは、産卵に戻ってくるサケの個体数によって違っているらしい。

✴︎✴︎✴︎



TEDトークに登壇した著者の動画を見た女性からのメッセージが載っていました。

   心の底では、
   木とはそういうものなのだと
   ずっとわかっていました。

マザーツリーとそれを取り囲む木々とのつながりは、映画『アバター』に登場する木の中心概念として用いられていますが、それよりももっとずっと前からこの女性のように、わかっていたという感覚が、多くの人にもあるように思います。

しかもそれは、「やっぱりそうだったんだ」 と思い出されて安心するもののような気がします。

これはマザーツリーのつながりに限ったことではなく、数多あまたある科学の発見のなかにも、ときおり感じる感覚だと思います。

このおそらく誰もが持っていると思われる、
不確かだけれど既知のもの。

それは、もしかすると、わたしたちの深奥に、もともとすべてはひとつにつながっていた、というはるか遠い記憶があるからなのかもしれません。



最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。この記事は、ずいぶん手間どってしまいました。ちんぷんかんぷんになってなければいいなと願っています。

サクサクすらすらウキウキと書ける日は、
まだすこし遠いようです。

落葉したあとに気づくヤドリギ
このポンポンを見ると
元気をもらえます ♪



あなたとあなたの大切なひとの心が、今日も
たくさんのぬくもりに包まれますように


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