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夜の闇を生きるもの


私はあまりに深く星を愛しているがゆえに、夜を恐れたことはない
 I've loved the stars too fondly to be fearful of the night.

ガリレオ (1564~1642・イタリアの天文学者)

sora calendarより


    『暗闇の効用』
     著者 ヨハン・エクレフ
     訳者 永盛鷹司
     出版社 太田出版


著者のヨハン・エクレフ (1973~) は、スウェーデンの作家で、コウモリの研究者です。

※この記事の内容は、日本の動向が気になって読んだ環境省の『光害対策ガイドライン』も一部参考にして書きます。

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人間は、夜の闇に光を灯し、昼を押し広げてきました。
いまや屋外照明のおかげで、夜間でも安全に社会生活を送ることができます。


照明は、私たちのエネルギー総使用量のちょうど10分の1を占めていますが、その光のすべてが実際に役に立っているわけではありません。
本来の目的となる範囲を照らすだけでなく、外に漏れ、上方に広がり、照らされるべきではないところにも侵入します。


光害は、低く見積もっても全世界で毎年2 %ずつ増加しています。
日本でも、東京の山手線エリアを中心とした領域 (約 400㎢) は、年に平均 2~3%の増加傾向で、郊外においても夜が明るくなっているようです。


多くの動植物には、それぞれ特有の約24時間周期のリズム、概日リズム (サーカディアン・リズム) があることが知られています。


人の概日リズムは、メラトニンというホルモンが夜間 (習慣的な起床時間から14 時間経過以降) に脳から分泌されることで調整されていますが、そのタイミングに、ある一定量以上の光が目に入ると、メラトニンの分泌が抑制されます。とくに青色光は、分泌抑制の影響が強いようです。


網膜にある視細胞には、光を受容する視物質が含まれています。
視細胞には、錐体細胞と桿体細胞があり、明るいところから暗いところへ移動したときに眼が暗さに慣れていく暗順応や、その反対に、明るさに慣れていく明順応は、ともにロドプシンという色素タンパク質を含む桿体細胞のはたらきによるものです。
明順応ではロドプシンが分解され、暗順応ではロドプシンが合成されます。
暗闇に慣れるまでに時間を要するのは、ロドプシンの合成に時間がかかるからです。
ただそのときに、携帯電話の画面がついたり、ヘッドライトをつけた車が通り過ぎたりすると、一瞬で元通りになってしまい、合成は一からやり直しです。


植物にも、光を受容するタンパク質があります。フィトクロムやクリプトクロムがよく知られています。


光合成をする植物にとって光は重要ですが、暗闇もなくてはならず、屋外照明は植物の生態にさまざまな影響をおよぼします。
短日植物にとっては、暗闇はより重要です。短日植物とは、日照時間が短くなると花をつける植物のことで、コスモスやソバ、イネなどがそれにあたります。
イネは、屋外照明によって出穂が遅延し、出穂前の20〜40日の期間には、その影響がもっとも強く現れるそうです。


現代では、さまざまな波長のさまざまな種類の照明が過剰に存在し、昆虫を森林から里へ、田舎から都市へとおびき出していて、標準的な街灯は、約20ヤード (約18メートル) の範囲の昆虫を引きつけており、ときにそれは50ヤード (約45メートル) におよぶこともあります。


昆虫類や魚類には、ガのように光に誘引される走光性の種と、ホタルのように光を避ける背光性の種がいます。
水田、山林、河川、湖沼などの周囲に屋外照明があれば、走光性や背光性をもつ生物の生息域に光が照射され、繁殖活動などの生態に大きな影響を与えかねません。
また、哺乳類・両生類・爬虫類・鳥類には、タヌキやコウモリなどのように夜行性のものがおり、走行性の昆虫を捕食するものもいるため、屋外照明の影響を大きく受けます。


人工光による懸念は、まだあります。
さえぎるものがない光が大気中に散乱して夜空が明るくなることを、スカイグロー(skyglow)といいます。
青色光などの波長の短い光は、大気中で散乱しやすく、スカイグローをさらに増大させます。


スカイグローの影響はきわめて広範囲におよび、大都市の街明かりは、100キロメートル以上離れた地点での天体観測にも影響することがあります。


研究によると、世界で80%以上の人が人工の光に汚染された夜空の下で生活していて、世界人口の3分の1以上 ( 北アメリカでは約80% ) は天の川が見られない環境で生活しているそうです。
日本でも、人口の約70%が天の川を見られない環境で生活しています。


晴れた空に月が輝き、何千もの星が見えるときには、夜に旅する鳥が高く飛ぶことはずっと知られていました。
曇りや雨、霧の夜には、鳥は低く飛ぶのですが、その際、人工の光や建物があると混乱が生じます。
世界中で、鉄塔、タワー、灯台に鳥が衝突したという記録は数多く残されています。
カナダ南部ロングポイントの灯台の下では、1960年から1969年にかけて7000羽もの死んだ鳥や負傷した鳥が見つかりました。
1968年には5000羽もの鳥が (その大半はスズメ目) テネシー州ナッシュビルのテレビ塔に衝突したという事件もあります。


いまや世界中で大都市圏が拡大し、大気の高いところにも進出していて、夜の空は、鳥が位置を把握して進路を見いだすのに必要な、十分な星が見えない環境になりつつあります。
ひとたび、超高層ビルの碁盤目にとらわれると、鳥たちは混乱のもととなる照明が反射する背の高い障害物でできた迷路に閉じ込められるうえ、自然な暗視視力が奪われ、めまいを起こすこともあるそうです。


毎年9月11日には、日の入りと同時に、ニューヨークの世界貿易センタービル跡地で、2本の青いライトが空に向け、輝く光の柱をつくります。
「追悼の光 (Tribute in Light) 」です。
晴れた夜には、この光は0.5マイル (約800メートル) の高さまで届きます。

この時期は、渡り鳥がニューヨークを通過して移動する時期とも重なっていて、毎年一夜だけの点灯であるため、その光の作用について研究がなされてきました。
わずかに大気圏外までも届くこの光の柱が点灯されてすぐに、鳥の大きな群れがその近くに集まり、カーカー鳴いたり歌ったり円を描きながら飛んで、ライトアップが消えるやいなや、いなくなるそうです。
2010年から2017年までの研究期間中に点灯された7回の合計で、100万羽を超える鳥が集まったとみられています。
この研究によって、光は鳥に影響し、混乱を与えることがはっきりとわかりました。


海への影響はどうでしょうか。
いまでは、約10万隻の輸送船が大陸のあいだを行き来し、1500の石油掘削装置と、少なくともその100倍の数の風力発電機が海に建造されていて、世界人口の4割が海岸から60マイル (約96km) 以内のところに住んでいます。
海の負担は大きくなるばかりで、海の生き物が、人工の光のダメージを受けずに暮らすには、陸地からますます遠くへ漕ぎ出さねばなりません。


海面からの光は、海中ではすぐに弱まり200メートルも潜れば、ほとんど残りません。それでも、1000メートルくらいまでは、青緑色の淡い一筋の光は届きます。そこは海のトワイライト・ゾーンで、中深層と呼ばれます。そのすぐ下からが、永遠の夜のはじまりです。


地球上では1日に2回、大規模な移動が起こります。
プランクトン、甲殻類、軟体動物、小魚など、幅広い生物が海の深くにある暗い水域と、海面近くの明るい水域のあいだを移動します。
海だけでなく、湖でもそうで、毎晩、何百万もの動物が水面に上がってきて、夜明けが近づくと、またゆっくりと沈んでいくのです。
これらの生物にはすべて、地球の自転と1日の光の変化によって動く安定した体内時計が備わっていて、光によって調整され、その動きは1日の動きとぴったり合致するそうです。
そのため、自然の光に変化が加わると、生態系全体が影響を受けます。
暗闇は、これらの生物にとって安全と同義で、日光が深いところに差し込むほど、安全な暗い水域へと沈んでいくのです。


近年、いくつかの国や地域では、暗闇を奨励するプロジェクトが始まっています。
ヨーロッパでは2002年にチェコとスロベニアが先陣を切りました。複数の国があとにつづき、その予定となっている国もあります。


日本では、国際ダークスカイ協会 (IDA) の「星空保護区」 に、4つの地域が認定されました。
西表石垣国立公園 (沖縄県石垣市、竹富町)、東京都神津島、岡山県井原市美星町、福井県大野市南六呂師です。
これは、光害の影響のない、暗く美しい夜空を保護・保存するための優れた取り組みを称える制度で、認定には、夜空の暗さ(星空の美しさ) だけでなく、屋外照明に関する厳格な基準や、地域における光害に関する教育啓発活動などが求められています。


日本でも、少しずつ光害の対策は進められているようです。

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夜の闇に守られて生きるものがいます。
猶予のない彼らへ、夜の闇を明け渡す。
そのきっかけなら、そうむずかしいことではないのかもしれません。
不要な照明を消して、明るさを落とし、光が洩れぬようにカーテンを閉じてみる。
まずは、そこからはじめてみようと思います。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

すこし削ってみたのですが、文字数を見ると、やはりまだ長かったようです。

冒頭に引用した言葉は、愛用している日めくりカレンダーのものです。
ときどき、グッとくる言葉があります。


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あなたとあなたの大切なひとが、
今夜も安らかに過ごせますように


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