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家事をすること、し続けること

日記を書くだとか、筋トレをするだとか。思いつきで行動する人間なので、勢いで行動したりする。でもその行為を習慣的に続けるとなると、なかなか難しい。日記や筋トレは続かなくても日常生活に支障はないのだけど、これが家事となるとそうもいかない。

実家から離れてひとりで子育てをしながら、仕事も家事もやっていると少しずつ疲れが溜まってくる。そこで料理をさぼってスーパーのお惣菜を買ってきたり、掃除をあきらめて散らかったままにしておいたり。けれどもこれが毎日続くと問題だ。強制的にまたいつもの日常に戻ることになる。

夫婦そろった家庭であれば家事を分担することもできるだろう。しかし多くの家庭ではどちらかの負担が大きくなると思う。例えば普段は妻が家事をしているとする。そして、たまに夫が代わりに料理をする。ところが冷蔵庫の残り物を無視したメニューを作る。しかも微妙に使いづらい量の残り物が増える。そういったケースもあるだろう。

ごみの日だから作る料理もある。また、ごみを捨てるにしても、ごみ袋をごみ捨て場に持っていくだけじゃない。家中のごみを集めて、ちょっと冷蔵庫の裏を掃除したりして。新しいごみ袋を用意して、ストックが少なくなれば買うものリストに追加して。そういう一連の流れが日常の家事だ。ピンポイントでパートナーや子どもがお手伝いしてもそれだけでは足りない。

流れが永遠に続いていく。しかも掃除や洗濯というのはマイナスをゼロにする作業だ。精神的に疲れる。仕事で疲れた日に食器を洗うのを次の日にまわす。朝から食器を洗う。朝から疲れた状態で仕事をする。夜には疲れているから、また次の日にまわす。ひとり暮らしで自分で汚したものなら自己責任なのだけど、子どもたちは何も気にせず汚す散らかす。

家事をすることと、し続けることにはとてつもなく大きな差がある。ピンポイントでも手伝ってもらえるともちろん助かるのだけど、流れを理解してもらえるのが理想ではある。夫が家事を手伝っているつもりなのに妻が不満を持つのにはこういう事情があるのではないだろうか。ひとり親ですべて自分でやらざるを得ないのは、誰かに期待しないぶん楽なのかもしれない。


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