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教室のアリ 第7話 「4月19日」② 〈絶望と歓喜のランドセル〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。

〈ランドセル大冒険スタート!〉

 給食が終わり、みんなが片付けをしているとき、オレはずっとダイキくんの動きを観察していた。観察なんて言葉じゃない、ジーっと見ていた。噂は本当だった。休みの子どもの余ったパンのジャンケンに勝ったダイキくんは、その半分とジャム(ビニールの小さな袋に入っている)を素早くランドセルに押し込んだんだ。誰にも見られないようにね。だからオレはダイキくんのロッカーの場所も確認できた。「ランドセル大冒険」決行の時間は近づいてきた。6限開始のチャイムが鳴る、科目は社会。先生、「日本はこの場所にあり、海に囲まれています」。オレは海をみたことがない。死ぬまでに海を見られるのだろうか?シロツメグサの件で死んでしまった仲間は海を見られなかった。果たしてこの学校から海まではどのくらいあるのだろう?それもわからない。幸いなことにオレは海や外国の写真を授業で見ることができる。エベレストもアマゾンもサハラ砂漠もだいたいわかるし、行った気にはなれるというわけだ。話がそれた。

〈忍び込め!ダイキのランドセルへ〉

 いつもの場所(教室の黒板に向かって左の前の隅)から窓ぎわに沿ってダイキくんのロッカーに向かった。願いはひとつ、「子どもたち!えんぴつや消しゴムを落とすな!」ただそれだけだ。もし、落ちたえんぴつがオレの前に転がってきて、見つかりでもしたら大変だからな。「先生〜アリがいます!!」って騒ぎになって、毒素スプレーでもかけられたらひとたまりもない。祈るような気持ちで素早く、静かに歩いた。ダイキくんのロッカーは下から2段目。歩く道は仕切ってある「枠」だ。そり立つ崖を登るみたいに進む。何度か足を滑らせそうになったけど、なんとかたどり着いた。そしてついに、ランドセルの中に侵入した。その時、マジで気がおかしくなってしまうくらいの衝撃を感じた。「くくくく、臭い〜」「ゲホっ!」。何の匂いかはわからないくらい、いろんな「臭さ」が混ざっていた。腐った何かか、汗か、あるいは…とにかく若い頃に間違ってダンゴムシのフンを運ぼうとした時くらい臭かった。口で呼吸をしながら奥に進むと、さらにもうひとつ事件が起きた。なんか、足がベタベタするぞ…この感触…これは昔、踏んだことがある。「ジャムだ!」。休みの子どもの余ったジャムをじゃんけんで勝ち取り、ランドセルに隠したまではよかったが、何かの拍子につぶれて、漏れてしまったのだ(と、推測できる)。ってことは、何日前の「ジャム」かもわからない。いったい、ダイキくんのランドセルはどうなっているのだ?とりあえず、ジャムを舐めてみた。「うまい」ではないか!そして、パンもある。もっと体が大きかったら、たらふく食えるのに!臭さとうまさにサンドされて興奮しているとチャイムが鳴った。さぁ、冒険の始まりだ!

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